楢﨑正剛がトルシエ監督に抱いた第一印象。「馬鹿にされているような。腹立たしく思うことは結構あった」 (4ページ目)

  • 原山裕平●取材・文 text by Harayama Yuhei
  • photo by AFLO

意外と落ち着いていた初戦

 元来、冷静沈着な男である。

 自国で開催されるサッカーの祭典に、日本列島は異様な盛り上がりを見せていた。移動の際には駅に多くのファンが集結したり、バス移動ではパトカーが先導するなど、選手たちも非日常の雰囲気を感じていた。それでも楢﨑は、浮足立つことはなかったという。

「バスの先導はフランスの時に経験していましたし、警備の人も周りにたくさんいたんですけど、ふだんは普通に生活して、サッカーをやっているだけの人間に対して、えらい大げさだなと(笑)。たしかに非日常の世界でしたけど、それで舞い上がることはなかったですね」

 唯一、心が躍ったのは、メディアでの扱われ方だった。

「テレビでいつも見ている人が取材に来ていたり、自分の名前を言ってくれたりしたのは不思議な感じでしたね。まあ、ミーハーというか、田舎者感覚ですよ(笑)」

 クールな守護神は、日本中が注目するベルギーとの初戦でも、冷静さを失わなかった。気持ちが高ぶりそうな国歌斉唱の時から平静を保っていたという。

「見える景色自体は、普通の代表の試合と変わらなかったですね。何となく高揚するようなところはあるにしても、意外と落ち着いていました。

 それはやっぱり、日本でやっていたのが大きかったと思います。試合をしたことのあるスタジアムでしたし、入場して、整列して、国歌を歌う流れもほぼ一緒。ワールドカップといえども、いつもと同じだなと思いながらピッチに立っていましたね」

 ただ、見える景色や試合に向かう流れは同じでも、ひとつだけ違ったものがある。それは、スタンドから聞こえる大歓声だった。

 GKは試合前にフィールドプレーヤーよりも先にピッチに入り、練習を始める。つまり楢﨑は、日本代表の誰よりも先に、観衆の前に姿を現した。その瞬間に注がれた耳をつんざくような声援に、楢﨑は驚かずにいられなかった。

「本当にあの時の歓声はすごかったです。コーチやほかのGKの選手としゃべろうにも声が届かないですし、話しかけられても聞こえないくらいでしたから。ほかの代表戦でも声が通りにくいというのは経験していますけど、まったく聞こえないという感覚は初めてでしたね。

 試合前にそれだけ(の歓声)だったので、試合中だったらもっと無理だなと。だから、あの時は試合が始まる前に、たくさんコミュニケーションを取っておかなきゃいけないと思いました」

>>楢﨑正剛(後編)につづく>>ベルギー戦後、トルシエ監督に「ケチョンケチョンに言われた」


【profile】
楢﨑正剛(ならざき・せいごう)
1976年4月15日生まれ、奈良県香芝市出身。1995年、奈良育英高校から横浜フリューゲルスに加入。プロ1年目から正GKとして出場し、クラブ消滅の翌年に名古屋グランパスエイトに移籍する。2000年から14年間キャプテンを務めるなどチームの顔として活躍し、2010年にはGK初のJリーグMVPを受賞。2018年シーズン限りで現役引退。J1通算631試合出場は歴代2位。日本代表として1998年から2010年まで77試合に出場し、4度のワールドカップを経験。ポジション=GK。187cm、80kg。

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