遠藤航が語るリオ五輪予選リーグ敗退の真相。「初戦がすべてだった」 (5ページ目)

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 高橋 学●撮影 photo by Takahashi Manabu

 手倉森監督は、スウェーデン戦でチームにメスを入れた。システムをこれまでの4-3-3から4-4-2に変更し、スタメンもコロンビア戦から3人入れ替えた。

 決勝トーナメント進出へ向けて、選手は誰ひとり諦めてはいなかった。他力ではあるが、そこは割り切って、目の前の試合に勝つことだけに集中していた。

「最後の試合でシステムや選手を変えたのは、(手倉森監督が)この試合に勝つためには変化が必要だと感じたからでしょう。

 テグさん(手倉森監督)とは、大会を通して、よく話をしました。戦術うんぬんよりも、自分たちがどういう戦い方をしたのか、ですね。基本的に、僕が(浦和の前に)所属していた湘南ベルマーレで学んだやり方と、テグさんの考えは一致していましたし、テグさんは最善を尽くしてくれました。だから、スウェーデン戦は勝つことができた。

 その勝利はうれしかったですけど、日本は1勝1分1敗で勝ち点4。最後にナイジェリアに勝ったコロンビア(勝ち点5)を上回ることができず、グループリーグを突破できなかった。その悔しさのほうが大きかったですね。(振り返れば)初戦のナイジェリア戦がすべてでした。ナイジェリアは最終的にリオ五輪で3位になったんですが、僕らが勝っていたら、どうなっていたのかなぁって、すごく思いました。

 コロンビアとスウェーデン相手にはいい試合をしたけど、ナイジェリアには勝てなかった。それが、僕らの実力。勝ち点4でも上(決勝トーナメント)に行ける時は行けるんですが......僕らは、運もなかった」

 グループリーグ敗退が決まったあと、遠藤は興梠や南野拓実たちとホテルのラウンジでゆっくりしていた。その時、遠藤の何気ない問いかけに、南野が反応した。その答えは非常に厳しいものだったが、それに対して、遠藤は納得せざるを得なかった。

(つづく)後編はこちら>>

5 / 5

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る