検索

山本昌が明かす衝撃を受けた投手たち「天井からボールが落ちてきたかと思った」 (4ページ目)

【もし全盛期に大谷翔平と対戦したら】

吉田 大谷翔平選手についてはどうですか。

山本 大谷くんはもうぶち抜けていますよ。野球をやってきた人間からすると、信じられない存在です。私の成績のなかで勝てるものがあるとしたら、50歳まで現役をやったことくらいかな。大谷くんが50歳まで現役を続けたら、勝てるものがひとつもないです(笑)。

吉田 全盛期の山本昌さんなら、大谷選手にどう投げますか。

山本 左バッターですからね。三振を取れる可能性はあるけれど、打たれる可能性も十分ある。まず初球はスクリューで自打球を当ててもらって、少しひるんだところでカウントを有利にして、最後はアウトコースのスライダーで、という作戦ですかね。

 ただ、その初球のスクリューがスタンドまで運ばれる可能性もある。弱点を探そうにも、逆方向にも大きいのを打つし......弱点はないかなあ。4打席対戦して、1安打に抑えられれば勝ちとしたところで、2本は打たれそうな気がします。ホームランだけは打たれないように、というイメージですね。

【幻のメジャー挑戦】

吉田 メジャーリーグへの挑戦を考えたことは?

山本 誘われましたよ。ホワイトソックスと、今でいうガーディアンズです。それから1997年のオフ、FA権を初めて取得した時にも、2チームから話がありました。僕は同シーズンに最多勝と最多奪三振の2冠を獲得して、ちょうどFA権を取った年でもあったんです。当時、中日で外国人選手だった方から連絡があって、「このチームとこのチームがあなたを欲しがっている、交渉しないか」と。

 ただ、97年は、名古屋ドーム開場の年。それなのに中日が最下位になった年でもありました。で、当時の指揮官は星野仙一監督だったんですよ。その星野監督が次に向けて、鼻息荒くなっている最下位のチームで、2冠のピッチャーが「すいません、ちょっと出ていきます」とは言えないじゃないですか。

吉田 それは言えないですね。

山本 とにかくメジャーに関しては、野茂英雄くんが活躍してくれたからこそ。そのおかげで日本人ピッチャーの評価が上がって、その後、多くの選手たちが向こうでやれるようになったと思います。(当時メジャーに行ったのが)野茂くんじゃなかったら、日本人選手がメジャーに行くのは5年、10年遅れていたと思います。

 僕もアメリカに行っていたら、50歳まで現役を続けるのは無理でした。結果的に、ドラゴンズ一筋で最後までプレーできたことは、本当によかったと思っています。

4 / 4

登録は簡単! チェックを入れてボタンを押すだけ 詳しくはこちら

キーワード

このページのトップに戻る