山本昌が明かす衝撃を受けた投手たち「天井からボールが落ちてきたかと思った」 (2ページ目)
【同学年のライバルたちとの死闘】
吉田 同学年にもプロ野球選手がたくさんいましたね。
山本 高卒で言うと水野雄仁さん、池山隆寛さん。大卒だと古田敦也さん、社会人から阪神に入った八木裕さんもいました。
吉田 ライバル心はありましたか?
山本 もちろんライバル心はありました。当時強かったスワローズには古田さんと池山さんがいましたしね。
一番印象に残っているのは、名古屋球場での池山さんとの対戦です。「池山との対戦だ」と思ってつい意地になってしまって。なんとか打ち取ったんですけど、ファールが続いて1番打者に15球くらい費やしたんですよ。本気で投げていたので、そのあと疲れちゃって、すぐにKOされてしまいました(笑)。「こういうのはだめだな」と思って、それから普通にいこうときり替えました。
吉田 ピッチャーの同級生では、吉井理人さん、小宮山悟さん、渡辺久信さん、星野伸之さんらがいますね。
山本 同学年には「昭和40年会」という集まりがあって、25、26歳の頃からずっと毎年やっていたんです。長嶋一茂さんも入っていましたよ。今も球場に行くと、池山さんは監督をしているし、橋上秀樹さんが代行監督をやっているし、吉井さんも監督をしている。必ず挨拶に行って、「頑張っているね」って話をしていますね。
吉田 「昭和40年生まれ」は伝説の世代ですよね。
山本 変わり者も多いですよ(笑)。あとは、僕らの世代が、一番野球熱があったと思います。全国的に、男の子は小学校に入ったらまず野球という時代でした。僕らの小学校なんて、各クラスに野球チームがあったんです。ちゃんとしたチームではないですけど、授業が終わったら「今日は何年何組と試合」と言って、空き地に行って試合していました。
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