【プロ野球】「監督が褒めてたぜ」は、近藤貞雄が記者に頼んだ仕掛け テスト入団の守備職人を覚醒させた"人心掌握術" (5ページ目)
翌1991年も"投高打低"の傾向は変わらず、借金19を抱えて4位に終わった。そしてこのシーズンを最後に、近藤は監督を勇退した。
「監督を辞められた年、僕は今ひとつ体調がよくなくて、数字もかなり落ちてしまって......。結局、現役生活は16年で終わったんですけど、近藤さんと一緒だった3年間が一番いい時期でした。巡り会えて、本当によかったと思います。それで最後に、『お前、将来、監督とかコーチになるから』って、ポロッと言われたんです」
1994年限りで現役を引退した嶋田は、日本ハムの一軍、二軍で外野守備・走塁コーチを歴任。2006年からは11年間にわたって高千穂大学野球部の監督を務めた。そして2026年、千葉科学大学野球部の監督に就任。2022年に活動を休止していた野球部の再始動を託され、ゼロからチームづくりに取り組むことになった。
「今の大学でも、プロ野球時代に学んだことを選手たちに伝えています。そのなかでも、指導に一番出ているのは近藤さん流ですね。どうすれば選手の心に余裕が生まれるのか。どう言えば、もっと自分から練習するようになるのか。近藤さんから学んだ人の動かし方は、これからも使わせてもらうつもりです」
(文中敬称略)
著者プロフィール
高橋安幸 (たかはし・やすゆき)
1965年、新潟県生まれ。 ベースボールライター。 日本大学芸術学部卒業。 出版社勤務を経てフリーランスとなり、雑誌「野球小僧」(現「野球太郎」)の創刊に参加。 主に昭和から平成にかけてのプロ野球をテーマとして精力的に取材・執筆する。 著書に『増補改訂版 伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』(廣済堂文庫)、『根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男』(集英社文庫)など
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