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【プロ野球】「もう長いイニングはあかん。おまえはうしろで...」 岡田彰布が明かす藤川球児の転機とJFK誕生の真実 (4ページ目)

  • 高橋安幸●文 text by Yasuyuki Takahashi

【久保田智之を9回にした理由】

 ボールが「重そう」とは打者目線の感覚でもあるが、久保田も重そうな速球を投げていた。埼玉・滑川高(現・滑川総合高)時代に正捕手兼投手として甲子園で活躍し、投手に転向した常磐大では3年時に153キロを計測。阪神入団1年目には"球団最速"(当時)となる156キロを出している。その体格もあいまって「重そう」だった。

「そう、久保田も重そうやったよな。それで久保田の場合は体力があるとかないとかよりも、先発としてやるには球種が少なかったんよ。それはちょっとしんどいんちゃうかなというのと、どちらかと言うたら、力任せにボンボンいくほうやから。そういう意味では、うしろ向きかなぁ、と。なにより、タフやからあいつは。だから最後に投げさせたんよ。9回終わって同点でも、10回も行けるから」

 久保田を9回の抑えにした理由は、延長戦での続投が前提だった。今ではめったにない起用法だが、そのタフな抑えがプロ初セーブを記録したのは、2004年8月28日の広島戦。つづく9月、10月で3セーブを挙げ、同年は28登板で4勝4敗4セーブ、防御率4.04だったが、69イニングで69個の三振を奪っている。着実に、2005年に向けての準備が進められていた。

 一方、8月から一軍のマウンドに上がった藤川は26試合に登板。真っすぐは常時140キロ台後半を計測し、フォークの球質も上がって決め球になり、31イニングで35個の三振を奪った。得点圏に走者を背負った時の強さも光ったが、ではなぜ、藤川は7回だったのか。

「バッターからの立場で、7回は『ラッキーセブン』言うやろ。7回に点が入る確率が高いから『ラッキー』やと。そんなら、ボールに勢いがあるピッチャーをそこに持っていって、ギャフンと言わす。3人のなかで、藤川は一番実績がなかったけど、ボール自体は一番勢いがあったからな」

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