第一印象は「うわっ、細いな」 花巻東の1年生4番・大谷翔平と対戦した147キロ右腕が明かす怪物の片鱗 (4ページ目)
【花巻東の強さを痛感】
風張は大谷に打たれたとはいえ、屈したわけではなかった。第3打席は外角のボールを引っかけさせてセカンドゴロに打ち取り、第4打席はフォークボールで空振り三振に切っている。後半の2打席は、風張のプラン通りに大谷を仕留められたわけだ。
ふたりの対戦は痛み分けだったが、試合での風張は痛恨を喫した。右ヒジに痛みがあったためストレート中心で、たまにフォークを投げる程度だと、試合を通してのピッチングは制限されていた。結果、打線に狙い球を絞られ5回10失点。絶対エースは6回からセンターへ移った。スコアも5対14と力の差をまざまざと突きつけられたが、風張は「現在地」を知れたことを収穫としたという。
「セーフティバントとかバスターとかすごくやってこられたこともそうですけど、強豪私立って声かけだとか、ベンチから自分たちのペースに持ち込んでくるのがうまいなって思いましたよね。試合前から『飲み込まれないように』と思って臨みましたけど、負けてそれを再確認できたというか」
この大敗から2カ月後の7月20日。伊保内は夏の大会3回戦で久慈工に4対5で敗れ、甲子園出場は叶わなかった。
当時はキャリアの通過点程度の認識でしかなかった、花巻東の1年生4番とのたった一度の対決は、13年経った今も時折、仲間内で話題に挙げてもらえる。
「YouTubeに動画が上がってますからね。それを見た知り合いから『大谷と対戦したんだ!』って言われたり。いい思い出です」
風張は大谷と会話をしたことがない。
「高校の時、無理やりにでもしゃべっておけばよかったですね」
悔しいそぶりを見せるが、本心ではないだろう。18.44メートルの距離で大谷と交わした1球、1球こそが財産。
そのことを、風張は大事にしている。
著者プロフィール
田口元義 (たぐち・げんき)
1977年、福島県出身。元高校球児(3年間補欠)。雑誌編集者を経て、2003年からフリーライターとして活動する。雑誌やウェブサイトを中心に寄稿。著書に「負けてみろ。 聖光学院と斎藤智也の高校野球」(秀和システム刊)がある。
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