【プロ野球】篠塚和典が語る、2009年のWBCをともに戦った原辰徳とイチロー 現役時代の秘話も (4ページ目)
岡田 ちょっと待った! そうか。イチローさんは篠塚モデルのバットを使っていたと! それだと初対面の時は、篠塚さんのところへ駆け寄ってきましたか?
篠塚 いや、最初に会ったのは、(2002年の)日米野球の時だったと思います。
岡田 あぁ、そうか。イチローさんがすでにメジャーに行っている時でしたか。その時にはどんな話を?
篠塚 その時は息子を連れて球場に行きました。息子は野球をやっていて、確か当時は小学校6年生だったかな。「イチロー、イチロー」って興奮していたから、イチローに会わせて。その時にイチローがバットを手にしながら、「お父さんのモデルなんだ。このバットですごい助かっているんだよ」と息子に話していたんです。その時は鼻高々ですよ。
岡田 そりゃ、そうなりますね。
篠塚 それで、イチローがサインしたバットをくれたんです。
岡田 ええっ!? 息子さん、宝物やね。イチロー選手はバットに関してすごいデリケートで、ケースに入れて他の人には触れさせない。で、その感覚で篠塚モデルのバットを使っていたわけですね。
篠塚 自分のモデルのバットを使ってくれていたこともあってか、打ち方にしても似ているなとは思っていました。
岡田 そんなイチロー選手と打撃コーチという立場で共闘した2009年のWBCについて、いろいろお聞きしていきたいと思います。
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(後編:篠塚和典が侍ジャパンの注目バッターを解説 アベレージが高いバッターになるための練習法とは?>>)
【プロフィール】
■篠塚和典(しのづか・かずのり)
1957年7月16日生まれ、東京都出身、千葉県銚子市育ち。1975年のドラフト1位で巨人に入団し、3番などさまざまな打順で活躍。1984年、87年に首位打者を獲得するなど、主力選手としてチームの6度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献した。1994年を最後に現役を引退して以降は、巨人で1995年~2003年、2006年~2010年と1軍打撃コーチ、1軍守備・走塁コーチ、総合コーチを歴任。2009年WBCでは打撃コーチとして、日本代表の2連覇に貢献した。
著者プロフィール
浜田哲男 (はまだ・てつお)
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界でのマーケティングプランナー・ライター業を経て独立。『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)』の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ系メディアで企画・編集・執筆に携わる。『Sportiva(スポルティーバ)』で「野球人生を変えた名将の言動」を連載中。『カレーの世界史』(SBビジュアル新書)など幅広いジャンルでの編集協力も多数。
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