【プロ野球】篠塚和典が語る、2009年のWBCをともに戦った原辰徳とイチロー 現役時代の秘話も (3ページ目)
岡田 篠塚さんは、結局はセカンド?
篠塚 僕はベンチですよ。
岡田 えっ!?
篠塚 守備固めや代打で出たり、たまには先発で出たりしていましたけどね。プロの世界は自分が「出たい」と言っても、出られるわけではないですから。監督の考えもあるでしょうし、自分でも薄々気づいていました。それで、開幕が近づいた頃だったと思いますが、長嶋さんから電話がかかってきたんです。
岡田 その頃、長嶋さんは現場にはいないですよね? いきなり長嶋さんから電話がきて、何を言われたんですか?
篠塚 僕がセカンドを外されたことを長嶋さんもわかっていますから。「必ずチャンスがくるから準備しておけ。腐るなよ」という言葉をかけていただいて。その言葉を胸に、ずっと我慢しながら一生懸命やりましたよ。
それで1カ月後に中畑さんがケガをしてしまい、原がサードに入って、自分がセカンドに入った。そこから打ち出しましたね(1981年、篠塚氏は116試合に出場して打率.357をマーク)。
岡田 なるほどね。それは長嶋さんのひと言が効いたんでしょう。いろんな壁があったりして、やっぱり野球って難しいですね。
篠塚 僕が運転する車に原を乗せて、多摩川グラウンドに一緒に行ったりしていましたよ。
岡田 人がええなぁ。原さんは後輩やん。ほんで、セカンドのポジションを争う相手やのに。
篠塚 守備も1から10まで教えました。
岡田 優しいなぁ。
篠塚 僕より上にはいかないと思っていたので(笑)。
【イチローと初めて会った時のやりとり】
岡田 そのあたりは、チームとしてどう勝っていくかということもありますからね。そんな関係だった原さんから、侍ジャパンの打撃コーチの打診があったと。当時のメンバーはどうでしたか?
篠塚 当然、球界を代表する選手ばっかりでした。ピッチャー陣は松坂大輔やダルビッシュ有、杉内俊哉、田中将大、岩隈久志。野手陣はイチローや城島健司、阿部慎之助、福留孝介、岩村明憲、ガッツ(小笠原道大)、内川聖一ら豪華なメンバーでしたよ。
岡田 打撃コーチとして、イチローさんとの会話は何かあったんですか?
篠塚 彼は、僕のモデルのバットを使っていてくれたこともありますし......。
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