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【プロ野球】篠塚和典が語る、2009年のWBCをともに戦った原辰徳とイチロー 現役時代の秘話も (2ページ目)

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo

【現役時代の原とのレギュラー争い】

岡田 ちなみに、原さんとは選手時代から長いお付き合いだと思いますが、現役時代はいかがでしたか?

篠塚 大変でしたよ(笑)。

岡田 ちょっと待って、それはどういうことですか?

篠塚 1980年、僕は一軍で115試合出場しました。以降はセカンドのレギュラーとして10~15年続けていく気持ちでいたのですが、この年のドラフトで原が入ってきたんです。

岡田 原さんは、東海大相模高時代は甲子園のスーパースター。東海大を経て、いわばアイドルのような存在の選手が入ってきたわけですね。

篠塚 まさか、セカンドを守るとは思っていませんでしたよ(笑)。

岡田 そうなんですよね! セカンドにきたんですよね。

篠塚 彼が入団した翌年(1981年)、巨人はフロリダ州のベロビーチでキャンプを行なっていたのですが、最後のワンクールに原もセカンドの守備についたんです。そのあと、キャンプの場所を宮崎に移したのですが、その初日に新聞を読んだら、今シーズンは原をセカンドで起用する、といったことが書かれていて......。

岡田 ちなみに、その時の監督は?

篠塚 藤田元司さんです。

岡田 藤田監督が、原さんをセカンドで使うと。

篠塚 サードには中畑清さんがいましたしね。そういう意味では、僕が一番外しやすかったんじゃないかなと。

岡田 あらら、人がええし? 中畑さんを外したら口やかましいから、ややこしい? そんなことはないでしょ(笑)。

篠塚 ただ、まだ宮崎キャンプの初日でしたし、開幕までは2カ月くらい時間があったわけです。なので、なんとか原とのポジション争いに勝つために勝負をしていこうという思いでした。

岡田 なるほど。

篠塚 それでオープン戦が始まって、僕はいろいろなポジションを守っていました。中畑さんを休ませて原をサードに回したり、いろいろ流動的でしたけど、オープン戦も残り10試合くらいになると、だいたいポジションも落ち着き始めましたね。

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