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【WBC】渡辺俊介が語る侍ジャパン2度目の世界一連覇に必要なもの 「第2回大会のような臨機応変な対応力がカギになる」 (2ページ目)

  • 水道博●文 text by Hiroshi Suido

【最初からイチローを中心にまとまっていた】

── 決勝戦で韓国と5度目の対戦。不振に苦しんだイチロー選手が延長10回表、林昌勇投手(当時・ヤクルト)から決勝打。2006年キューバ戦の9回に続く決勝戦の決勝打でした。

渡辺 2009年のイチローさんは、不振に苦しんでいました。しかし、イチローさんのWBCに対する覚悟、日本野球への思いに応えたいと、出場を決めた選手も多かったと思います。第1回大会は何が起こるかわからないなかでワクワクしながら戦っていた感じでしたが、第2回大会は最初からイチローさんを中心にチームがまとまっていた印象でした。

── 素顔のイチローさんはどのような感じでしたか。

渡辺 テレビ越しに見ていると、淡々とプレーする気難しい人というイメージがありました。しかし、2006年のWBCで一緒に戦ううちに、「こんなにも感情をあらわにする熱い人なんだ」とか、「周囲に気遣いをしてくれて、面白い人なんだな」と、印象がまったく変わりました。

── イチローさんとどんな会話を交わされたのですか。

渡辺 イチローさんの後ろで動きをマネしてアップしていたら、力みすぎて肉離れしそうになったこともありました。イチローさんはトレーニングにとても興味を持っているようです。僕はアンダースローなので、アップで股関節を柔らかくする独特で少し変わった動きをするのですが、人前でやるのは恥ずかしいんです。それでもイチローさんとダルビッシュは、すぐに「何それ、面白いね。教えてよ」と興味を示してくれました。

── WBC連覇の瞬間はどんな気持ちでしたか。

渡辺 最後、ダルビッシュが三振を奪い、胴上げ投手となりましたが、その様子を見届けるまで、僕はブルペンで待機していました。少しでも早く胴上げの輪に加わりたかったのですが、一緒にいた小松聖(当時・オリックス)に「渡辺さん、もう大丈夫っすよ。早く行きましょうよ!」と言われて。でも僕は、「いや、一応、なにかあった時のために試合終了までここを動くわけにはいかないだろ」って(笑)。

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