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【プロ野球】ヤクルト・育成出身のアンダースローの成長記 青柳晃洋のボールが教えてくれたプロで生き抜くリアル

  • 島村誠也●文 text by Shimamura Seiya

ヤクルト投手陣の未来を担う剛腕とサブマリン(後編)

 下川隼佑は神奈川工科大から「ドラフトで指名されることを目標に」と、独立リーグの新潟オイシックスに入団。チームは昨年からイースタン・リーグに加入し、そこで下川は奪三振のタイトルを獲得。そして今年からヤクルトのユニフォームに袖を通すことになった。

今季2勝をマークしたヤクルト・下川隼佑 photo by Sankei Visual今季2勝をマークしたヤクルト・下川隼佑 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る

【青柳晃洋とのキャッチボール】

 由規コーチは下川について、「独立の時も見ていたので、どんな選手かはわかっていました」と言って続けた。

「彼は何も言わなくてもコツコツやれるタイプなので、あまり心配することはなかったですね。二軍では、うまくいかなかった時に何がダメだったのかをしっかり反省して、次に生かす。その繰り返しを毎日やっていました。そのたびに新しい発見や収穫があって、『もっと上へ』という気持ちが強い選手です。一軍で2勝したのはすごいことなんですけど、それも納得できますよね」

 下川は今年2月、一軍の沖縄・浦添キャンプに参加。オープン戦にも登板したが、開幕支配下は叶わなかった。

「キャンプで支配下をつかみきれなかったので、ちょっと逃しちゃったかなと......。育成指名でしたし、年齢的にもチャンスが多くあるわけじゃない。でも、気持ちを切り替えてシーズンに入りました」

 二軍では先発として開幕から5試合に登板し、2勝1敗、防御率1.80と安定した投球を見せた。5月1日に支配下登録されると、1カ月後の6月1日に一軍へ昇格。その日のDeNA戦で、先発のマウンドを任された。結果は4回を投げて3安打2失点。勝敗はつかなかった。

 翌日に登録を抹消され、その後、約3カ月を二軍の戸田球場で過ごすことになる。8月15日には「『タイミングが合えばお願いします』と頼んでいました」と、今季シーズン途中にヤクルトに加入した同じ変則投手の青柳晃洋とのキャッチボールが実現した。

 下川は青柳のボールを捕るたびに「うわっ」「うおっ」と声を上げ、最後は青柳が「オレ、明日、先発だから(笑)」と、キャッチボールは終わった。

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著者プロフィール

  • 島村誠也

    島村誠也 (しまむら・せいや)

    1967年生まれ。21歳の時に『週刊プレイボーイ』編集部のフリーライター見習いに。1991年に映画『フィールド・オブ・ドリームス』の舞台となった野球場を取材。原作者W・P・キンセラ氏(故人)の言葉「野球場のホームプレートに立ってファウルラインを永遠に延長していくと、世界のほとんどが入ってしまう。そんな神話的レベルの虚構の世界を見せてくれるのが野球なんだ」は宝物となった。以降、2000年代前半まで、メジャーのスプリングトレーニング、公式戦、オールスター、ワールドシリーズを現地取材。現在は『web Sportiva』でヤクルトを中心に取材を続けている。

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