山本由伸らを育てた名伯楽・高山郁夫が現役引退後の中学野球で学んだ「子どもの心を潰さない指導」 (2ページ目)
── プロでは技巧派右腕として投げていた背景に、そんな思いがあったのですね。
高山 思うように足を使えないと、そのうちにヒジ、肩、腰、足首、ヒザ......とだんだん痛んでいって、上半身だけでごまかすような、理にかなっていない投げ方にするしかありませんでした。そうなると、充実感がないんですよね。自分が指導者になった時、「選手にケガをしてほしくない」という思いが根本にありました。
── とくに気をつけているのは、どんな部分でしょうか?
高山 投手は、とくに再現性が求められるポジションです。(山本)由伸のプロ1年目のように「中10日を空けないと回復しない」といった選手を見ると心配になりますね。それはメカニズムやフィジカルの問題なのか、投げている球種の問題なのか、注意深く見るようにしています。
【貴重だった中学野球の指導経験】
── 高山さんは1996年に現役を引退し、それから2006年にソフトバンクの投手コーチとしてNPBの現場に復帰するまで9年間のブランクがありました。プロ球団のコーチを務めるとは、思ってもみなかったのでしょうか。
高山 そうですね。プロで活躍した人間が現場に残るのが当たり前と思っていましたし、私自身は生きていくために東京で不動産関係の仕事に就きました。
── その後、ポニーリーグのチームで中学生を指導したそうですね?
高山 引退して2年ほど経ってから、不動産関係の知り合いの方から「小平ポニーズを教えに来てくれよ」と言われまして。私は秋田で、その方が山形と東北出身者というつながりもありました。
── 中学生の指導はいかがでしたか?
高山 勉強になることばかりで、この時の経験がその後のコーチ人生に大きく生かされたと感じています。とくに齋藤泰勝監督(現・総監督)と出会えて、大きな影響を受けましたね。
── どんな監督なのでしょうか?
高山 第一印象は「こわもての頑固親父」(笑)。正直言って、最初はグラウンドで大声を張り上げていて、「選手は萎縮しないのかな?」と思ってしまいました。
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