江川卓フィーバーは個人情報だだ漏れの時代に過熱 過酷日程の陰でチームには不協和音が (3ページ目)

  • 松永多佳倫●文 text by Matsunaga Takarin

【チームメイトとの不協和音】

 江川が特別扱いされればされるほど、チームメイトとの関係は微妙になっていく。反江川派の急先鋒と言われていた一塁手の鈴木秀男に、チーム内の内紛は本当にあったのか聞いてみた。

「反江川派の親玉みたいに言われていますが、大学時代に江川とは何度か麻雀をやりましたし、口を聞かないほど仲が悪いわけじゃなかった。ただ、私は言うことを言わないと気がすまないタイプですから」

 紳士的な語り口調の鈴木だが、見るからに男気あふれる雰囲気を醸し出している。

「チームが分裂した決定的な出来事があったんですよ。センバツから戻ったあと、センターを守っていた野中(重美)が『おまえ、少しは走れよ!』と江川に言ったんです。すると江川は『試合で疲れるのはオレひとりだから』と。それを野中がほかのナインにも言って、『じゃあ、勝手にやれよ。ひとりでやれや』となって、チームの雰囲気が悪くなっていったんです」

 江川にしてみれば軽い冗談のつもりで言ったのかもしれないが、ほかの選手たちはそう受けとることができなかった。勝ったら江川、負けても江川......。チームメイトはフラストレーションを募らせていく。

 ある日、鈴木は監督である山本に思いの丈をぶつけた。

「オレたちにはちょっとしたことでも怒りますが、なぜ同じことをしても江川には怒らないんですか?」

 山本は何も答えることができなかった。

 江川が「痛い」と言えば「病院に行け」と言うのに、ほかの選手が「痛い」と言っても「病院なんか行かんでいい」と平気で言う。鈴木は明らかな差別に腹立たしさを覚えた。ここまでくると、修復は難しい。

 控えキャッチャーの中田勝昭はこう振り返る。

「1年夏から背番号をもらい、合宿所でも別格。掃除、洗濯、靴磨きは免除。先輩たちも江川がいれば甲子園に行けると思っただろうし、オレたちも恩恵にあずかれると思った。ピッチングが終わると、普通はランニングなんだけど、ポールを1、2往復しただけで、アンダーシャツを着替えに30分ほどかかったりして、必死に走らない。それでも誰も怒らないし、注意するヤツもいない」

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