「打倒・江川卓」広島商の監督はハナから打つことをあきらめた 奇想天外なトリックプレーを考案 (3ページ目)

  • 松永多佳倫●文 text by Matsunaga Takarin

 そんな奇想天外なトリックプレーを、真剣に何度も練習した。当時の広島商のメンバーにこの伝説のトリックプレーのことを聞いたのだが、あるひとつの疑問を常に持っていたという。

「バットにかすらないのにどうやって一死二、三塁にするのだろう......」

 とはいえ、監督の言うことは絶対。選手たちは疑問を抱きながらも、トリックプレーの練習に取り組んだ。

 当時の広島商のキャプテン・金光興二が、江川攻略法を明かす。

「ほかのチームは江川の球をどうしたら打てるかを考えていたと思いますが、広商は最初から打つのではなく、打てないなかでどうやって点を取るのかということに焦点を絞りました。戦略としては、ウエイティングです。江川といえども4連投だったので、後半勝負だと決め、5回までに100球以上を投げさせることができれば勝機が生まれると、監督は言っていました」

 では、100球以上投げさせるためにはどうすればいいのか。試合前のミーティングで迫田が説明した作戦はこうだ。

「ストライクゾーンというのは、だいたい横にボール6個分、縦に10個分。つまり、ストライクゾーンは6×10で60個のボールが入ると。その60個の上半分は打つな。さらに下半分の30個も自分に近いところの15個分はボールに力があるから捨てる。最終的には、一番遠いアウトコース低めを狙えと。

 でも、そこは一番打ちづらいコースなんです。要は、そこに意識を集中しておけば、ほかのボールには手を出さない。仮に打ってもファウル。ハナから打とうとしていないんです。『ど真ん中のボールはどうするんですか?』と聞くと、『三振してもええ。自信を持って見逃してこい』ですから。これがウエイティング野球です」

 広島商の選手たちは、センバツ大会で開会式直後の作新学院と北陽の試合を、バックネット裏で観戦した。普段は自分たちの鍛錬のほうが大切なため、相手チームの試合を見ることなどしないのだが、目標としている江川というピッチャーとはどのようなものなのか。この時ばかりは偵察する意味も含めてスタンドで観戦させた。

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