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江川卓「怪物伝説」の始まり 作新学院入学直後に竹バットで柵越え連発 「中学を出たての1年生があそこまで飛ばせるのは...」 (3ページ目)

  • 松永多佳倫●文 text by Matsunaga Takarin

 つづく23日のブロック準々決勝の足利工大付戦は先発し、8回まで散発3安打、奪三振6、四死球1で無得点に抑える。背番号は17だが、もはや作新のエースだった。

 そして翌日の7月24日は栃木県高校野球界にとって記念すべき日とでもいうのだろうか、ここから怪物伝説の幕開けとなった日でもあった。

 ブロック準決勝の烏山戦。内野ゴロ11、同フライ1、同ファウルフライ1、外野フライ4、同ファウルフライ1、キャッチャーフライ1、三振8、ストレート96球、カーブ7球、計103球の完全試合達成。栃木県高校野球では史上初の快挙は、中学を卒業してまだ4カ月の1年生ピッチャーだった。

 3対0で作新リードの6回あたりから球場がざわつき始めた。

 烏山ベンチ内では監督、部長がなにやら騒ぎ出す。「おい完全試合だぞ......」。一気に不穏な空気が淀み、「完全試合をやられるのでは」というマイナス思考が監督以下選手全員にも伝播し、もはや勝利するという目的を度外視し、いかに完全試合を阻止するかだけに絞られた。烏山は中盤から代打を送ったり、果敢にセーフティーバントを試みるが、回を押すごとに威力を増すストレートに凡打の山を築く。

 7回一死、2番打者が初球三塁前の絶妙なセーフティーバントをするが、間一髪アウト。フェアプレーをモットーとする高校野球において、珍しくセーフのアピールを3回やるほど烏山選手たちは崖っぷちに立たされていた。不名誉な記録だけはつくられたくない。烏山は必死の思いで立ち向かうしかなかった。

 9回二死、作新のサード大橋がマウンドに行った。

「おい、今日の晩ご飯はなんだろうな」

 緊張を解きほぐそうと声をかけた。カラカラの喉を抑え最上級生としての余裕と威厳を見せようとしたものの、誰よりも緊張しているのがわかった。そんな大橋の胸中を知ってか知らぬか、江川は何食わぬ顔で、「なんでしょうね」マウンド上で軽く微笑む。

「あいつ、まったく落ち着いてやがる。なんて1年だよ」

 大橋は確信した。「これは完全試合だな」と。

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