大谷翔平の大物ぶり、栗山英樹監督が会議で放った言葉、村上宗隆の不振と重圧...WBCの映画を野球ライターはどう見たか (2ページ目)

  • 中島大輔●文 text by Nakajima Daisuke

【映画は垂涎シーンのオンパレードだった】

 2021年シーズン限りで日本ハムの指揮官を退いた栗山は同年12月、侍ジャパンの監督に就任した。そうして迎えたのが、今春のWBCだった。

「俺もダルビッシュとやりたいのよ」

 本番に向けた日本代表チームの編成会議で、栗山はピッチングコーチの吉井理人に語りかけた。大きな夢を見る少年のような表情だった。

 WBCに臨む侍ジャパンを舞台裏から密着した『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』が映し出すのは、日本のドリームチームができ上がるまでだ。

 そのなかで栗山と並ぶもうひとりのキーパーソンが、ダルビッシュである。メジャーで10年以上プレーする36歳のベテラン投手はMLBの規定で大会前の強化試合に出場できないなか、2月の宮崎合宿から来日してチームの強化、個々のレベルアップに大きな影響を与える。佐々木にスライダーの投げ方をアドバイスしてスイーパーに進化させるシーンは、アメリカで「Masters of spin」と称えられる技量をよく表していた。

「How can I call you?」

 本番開幕数日前、強化試合の名古屋で合流した大谷は英語でヌートバーに尋ねた。MVPを獲得し、文字どおり大会の"顔"となった大谷を接写している点もこのドキュメンタリーを貴重な記録としている。

 初戦の中国戦を4回無失点に抑えて降板した直後、打席に入った大谷は低めの変化球をうまく叩いて左中間フェンス直撃のタイムリー二塁打で2点の追加点をもたらせた。傍目には難しい球をよく長打にしたと思ったが、大谷の反応は真逆だった。

「マジか、(ホームランに)行けたな」

 ベンチ裏のロッカールームで大谷がひとり悔しそうに発する様子は、常に高みを目指し続ける男の真骨頂を描き出していた。

 野球を深く好きであればあるほど、垂涎のシーンが続く。

「たっちゃん」の愛称でチーム・ジャパンに溶け込み、走攻守に気迫あふれるプレーで日本中を魅了したのがヌートバーだった。侍ジャパン初の日系アメリカ人選手をどうすればうまく機能させられるか。2017年から侍ジャパンの外野守備・走塁コーチを務める清水雅治は「一番やりやすいように」と配慮する。選手が最も力を発揮しやすい環境を整えることこそ、コーチの最も大事な役割だと再認識させられる。

 一方、ヌートバーは細かいサインを覚えるのに苦労した。

「日本ではそれが普通。これが"野球"です」

 清水の言葉に思わずニヤッとする。

 ベースボールと野球。同じ競技だが、日米で異なる色を持つスポーツがひとつのチームのなかでうまく混ざり合った点も、今回の侍ジャパンの魅力だった。

 大会の舞台がアメリカのマイアミに移ると、映像が映し出す国際色は一層豊かになっていく。準決勝で立ちはだかったのが、中米の雄・メキシコだった。ラテンノリのファンに後押しされ、ローンデポ・パークは日本にとって完全アウェーの雰囲気に包まれる。佐々木がどれだけのプレッシャーを背負って先発マウンドに立ったのか、彼の成長物語を追い続けていくファンにとって忘れられない場面をカメラは捉えている。

 準決勝のメキシコ戦で1点ビハインドの9回裏、歓喜をもたらせたのが主砲・村上宗隆だった。重圧と宿命。大会序盤は不振に苦しみ、準々決勝から4番を外れた男が背負い続けたプレッシャーはこれほどのものだったのか。映像で改めて確認すると、その重みが第三者にもよく伝わってくる。

 日本中が知っているように、侍ジャパンは3度目のWBC優勝を成し遂げた。その戦いで、監督の栗山英樹、ベテラン投手のダルビッシュ有は、なぜ日本代表にここまで心血を注いだのだろうか。

 2023年春のハッピーエンディングは、彼らが思い描く野望の始まりにすぎない。3年後、再び紡がれるストーリーを楽しみに待ちたい。


『憧れを超えた侍たち 世界一への記録』
3度目のWBC優勝を果たした侍ジャパン。その舞台裏を描いたドキュメンタリー映画。6月
2日~6月22日までの3週間限定公開。
Trademarks, copyrights, names, images and other proprietary materials are used with permission of World Baseball Classic, Inc.
©2023「憧れを超えた侍たち」製作委員会

プロフィール

  • 中島大輔

    中島大輔 (なかじま・だいすけ)

    2005年から英国で4年間、当時セルティックの中村俊輔を密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『山本由伸 常識を変える投球術』。『中南米野球はなぜ強いのか』で第28回ミズノスポーツライター賞の優秀賞。内海哲也『プライド 史上4人目、連続最多勝左腕のマウンド人生』では構成を担当。

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