高木豊から見た三浦体制1年目のDeNAが苦しんだ理由。V戦士コーチ陣には期待も「大輔がやりにくいんじゃないか」の不安もある

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo
  • photo by Sankei Visual

 三浦大輔監督の就任1年目のシーズンで、最下位に沈んだDeNA。今オフは1998年にリーグ優勝・日本一を達成したV戦士たちがコーチとして招集されるなど、来季以降の巻き返しに向けた動きは活発だ。

 長らく大洋(現DeNA)で活躍し、現在は野球解説者やYouTubeでも活動する高木豊に、今季のDeNAの戦いぶりを振り返ってもらいつつ、来季へ向けた期待を語ってもらった。

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――チーム打率はリーグ2位の.258をマークし、規定打席に到達した3割打者が4人。一方で盗塁数31は12球団ワーストと、三浦監督が当初に掲げていた「機動力野球」を実践できませんでした。

高木豊(以下:高木) 盗塁数が少ないこともありますが、全体的な"足の遅さ"が気になります。足の遅さというのは、守備範囲の狭さにも通じますし、そこをどうカバーしていくのかが課題だったんです。

 佐野(恵太)、宮﨑(敏郎)も走力は高くないですし、今季ブレイクしてこれから中心選手になっていくだろう牧(秀悟)もそんなに速くない。「クリーンナップも走れ」という話ではないのですが、中軸以外は多少なりとも動ける選手がスタメンにいないといけません。

――1990年代後半の"マシンガン打線"も3割打者が多かったですが、リードオフマンの石井琢朗(現1軍野手総合コーチ)さんをはじめ、ひとつ先の塁に向かう意識が強かった印象があります。

高木 当時の琢朗は28、29歳ぐらいだったと思いますが、当時はその年代の選手が多かったはずです(1998年のリーグ優勝時に28歳だった主力:石井琢朗、波留敏夫、佐伯貴弘、谷繁元信、進藤達哉)。2番の波留は盗塁する足はなかったけど、走塁という面では感性がよかったですし、進藤もわりとよかった。6番を打っていた佐伯も、走らせればけっこう盗塁ができました。

 当時は"走塁"という面で足を使える選手がクリーンナップ以外にいたと思うんです。盗塁だけが走塁ではないんですが、今はその走塁もできていないという状態です。

――主軸を担うタイラー・オースティンやネフタリ・ソトら、外国人選手が開幕に間に合わなかったことも大きかったでしょうか。

高木 確かにそれも痛かったです。走塁面は解決しなければならない課題ですが、一方でDeNAは「ホームランで勝つチーム」とも言えます。甲子園や名古屋(バンテリンドーム)を本拠地としてホームランで勝つチームを作ろうとしたら大変なことですが、横浜スタジアムの狭さなどを考えると、ホームランで勝つチームを作るほうが理にかなっています。ただ、甲子園や名古屋、広島(マツダスタジアム)などに行った時にどうやって戦うのか、という問題が出てくるんですよ。

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