2021.02.23

プロ初登板、あと少しでノーヒット・ノーラン。あの衝撃から4年、広島ドラ1の今

  • 前原淳●文 text by Maehara Jun
  • photo by Sankei Visual

 2017年4月7日、マツダスタジアム。プロ初登板の背番号13、ルーキー加藤拓也はヤクルト打線を8回まで無安打無失点に抑え、9回のマウンドに上がった。

 大記録まであとふたりと迫った9回一死一塁。加藤はウラディミール・バレンティン(現・ソフトバンク)に安打を許して、1987年の近藤真一(中日)以来となるプロ初登板でのノーヒット・ノーランの偉業を逃した。それでもルーキーのド派手なデビュー戦に、誰もが明るい未来を夢見た。

今季から背番号が13から41になり、再起を誓う広島・矢崎拓也 だがその後は3連敗を喫し、2勝目を挙げることなく、5月6日に二軍降格となった。登板5試合で許した四球は、打たれた安打数(12)よりも多い29個。ちなみに、快刀乱麻の好投を演じたデビュー戦も7四球を与えていた。

 眩しすぎるほどのスポットライトは一瞬にして暗転。そこから長く暗いトンネルに迷い込んだような投球が続いた。

 2年目の2018年は一軍での登板はなく、登録名を加藤から矢崎に変えた2019年もわずか5試合の登板に終わった。先発ではなく、力強い真っすぐを評価され中継ぎに配置転換されたが、思うような結果は残せなかった。

 昨年7月、矢崎の姿はマツダスタジアムにも、二軍の本拠地がある山口県岩国市の由宇練習場にもなかった。広島廿日市市内の大野寮に隣接された大野練習場で自分自身と向き合っていた。

 同年から新設された「2.5軍」。2軍から外れ、リハビリ中心の3軍でもない。コーチやスコアラー、トレーナーが多面的に特定の選手を分析し、課題や修正点を洗い出すことをおもな目的としている。ただ矢崎が見直したのはフォームではなく、マウンド上での考え方であり、精神面だった。

 強すぎるほどの信念と自我は、ときに周囲の助言を素直に聞き入れることも難しくしていたように感じる。不器用なまでの頑固さは、独りよがりと受け止められることもあった。

「2.5軍」を担当する飯田哲矢スコアラーの「不安要素は何か?」という問いかけに、矢崎はこう答えたという。

「2ボールから真っすぐを投げるのが怖い」