DeNAの開幕投手候補は崖っぷち上等。
大貫晋一の山あり谷ありの野球人生

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Koike Yoshihiro

 ただし、2年の秋にはヒジを痛めて、投げられない時期を過ごしている。ツーシームを覚えた大学時代は、2年春、3勝を挙げてベストナインに選ばれ、日体大の4シーズンぶりの優勝に貢献した。しかしその直後、またも右ヒジを痛みが襲う。そしてまさかのトミー・ジョン手術──じつはこの時、大貫の右ヒジ靱帯は断裂していたのである。

「中学校の時はメンバー外で、高校もそんなに強くないところでした。大学でも2年間はリハビリで野球ができていない。もう、野球を辞めなきゃと思ったこともあります。それでもあきらめないで社会人(新日鐵住金鹿島)へ進んで、プロ野球選手になれました。だから、ひとつのことをやり遂げるというところに関してはものすごく自信があります。そうやって愚直に物事に向き合うことが才能なのか、努力なのかというのはわからないんですけど、そこは自分のなかでも大切にしてきたことですね」

 中学野球の補欠から高校野球のエースへ、大学で右ヒジにメスを入れてもプロ野球選手になることをあきらめず、ついには生まれ育った横浜を本拠地とするベイスターズのユニフォームに袖を通した。

 ルーキーイヤーにはいきなり開幕ローテーションの一角を勝ち取るも、デビュー戦は3回途中、4失点で降板する。それでも2試合目、毎回のようにピンチを凌ぎながら5回を投げ切って、プロ初勝利を手にした。

 2年目のシーズンとなる昨年も、開幕して2度目の先発となった甲子園でのタイガース戦で初回に30球を投じて3点を失い、すかさず交代させられた。そんな土俵際でも、大貫はまたまた踏ん張って見せる。初回KOから中3日での先発となった7月14日のドラゴンズ戦、大貫は8回を被安打3、無四球で2失点というピッチングを見せて初勝利を挙げると、その後はトントン拍子に白星を重ねた。気づけばチームで唯一の2ケタ勝利をマークし、昨シーズンをこう振り返る。

「こんなに勝てると自分自身、思ってなかったので、正直、出来すぎかなというところもあります。野手の方やリリーバーの方の助けがあって初めて2ケタ勝てて、すごく自信になりました。よかったところは......1年目と比べたらコントロールがよくなったかな。困った時に投げるボールの精度が上がったと思います」

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