2020.11.21

口撃VS沈黙。ヤクルト対ライオンズの日本シリーズにあったもうひとつの闘い

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

黄金時代の西武ナインから見た野村克也
第2回 「反発」

【石毛宏典はID野球に反論】

 野村克也の標榜する"ID(Import Data)野球"に対して、持論を主張して明確に反論を展開したのが西武黄金時代のチームリーダー、石毛宏典だった。1992(平成4)年、ヤクルトとの日本シリーズが決まり、野村の"ID野球"が注目を集めていた頃、石毛は次のような言葉を残している。

「いくらIDといっても、野球はあくまでも人間のやるスポーツ。日本シリーズにはデータを超えた戦いがある。そんなものに負けるつもりはありません。データなんて何するものぞ。そんな気持ちで戦います」

1992年の日本シリーズ前に握手を交わす、西武・森祇晶監督とヤクルト・野村克也監督  photo by Sankei Visual この時から四半世紀以上が過ぎ、あらためて当時の心境を聞いたが、石毛の口調は当時と変わらぬ熱を帯びていた。

「僕は『ID野球が何だ、ID何するものぞ』とずっと思っていました。傾向と対策が重要なことはわかっていますけど、グラウンドに立てばそんなことは気にしていられないんです。バッテリーはともかく、われわれ野手の場合は」

 石毛によれば、バッテリーの場合は打者の苦手なコースを攻めるためにデータは有効であるものの、打者の場合はデータについて「そんなことは気にしていられない」という。

「相手投手の配球の傾向を理解していて、それが役に立つバッターもいるでしょう。でも、基本的にバッターは受け身なんです。たとえば、右バッターが右ピッチャーと対戦する場合、データを完全に信用して打ちにいくことはできないんです。自分の体にボールが向かってくる。データ上はスライダーが来ることになっているから、『よし、曲がる、曲がる』と思っていて、結局は曲がらずにデッドボールになることもあるんです」

 石毛の言葉は力強かった。