2020.08.10

父と恩師の証言。楽天・浅村栄斗は
兄の努力を見て野球の厳しさを知った

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Kyodo News

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あの時もキミはすごかった〜楽天・浅村栄斗編

「めちゃめちゃ真面目で努力家。僕がこれまで野球部で関わった生徒のなかでも、何番目かに好きな選手です」

 2008年夏、大阪桐蔭の不動の核弾頭としてチームの全国制覇に貢献した浅村栄斗(ひでと/現・楽天)について西谷浩一監督に話を聞くと、必ずこの話になる。

 じつはこの冒頭の人物評は、浅村本人ではなく、浅村の7歳上の兄で大阪桐蔭OBでもある展弘さんについてである。

大阪桐蔭の3年夏に全国制覇を達成した浅村栄斗 一般受験で入学し、中村剛也(現・西武)や岩田稔(現・阪神)と同級生だった兄は、左打ちの好打者だった。だが、高校での3年間は公式戦のベンチに入ることができず悔しい経験をしたが、地道な努力は大学に進んで花開いた。

 奈良産業大(現・奈良学園大/近畿学生野球連盟)でレギュラーとなると、2年秋のリーグ戦では首位打者を獲得。西谷監督はこの活躍を大いに喜び、タイトル受賞の記事が載った新聞をコピーし、選手たちに言い聞かせた。

「高校では公式戦に1回も出られなかったけど、大学でこうやって活躍している先輩がおる。野球は高校で終わりやないし、頑張ったらええこともある。そういうことを忘れんとしっかりやってくれ」

 そんな努力家の兄の姿を見ながら、野球の道を歩き始めた浅村だったが、正真正銘の"野球小僧"になるまでには少し時間がかかった。

 浅村が生まれた時、8歳上の長男と次男の展弘さんはすでに野球少年だった。ちなみに、父・哲弘さんも元高校球児で、母・明美さんもソフトボール経験があるなど、まさに野球一家だった。

 浅村も子どもの頃から「ゲームをやるなら外で遊べ!」という親の教えを実践。保育園に通い始めた頃には、兄たちについて回りながら活発に駆け回り、運動神経も発達していった。

 ただ、いかんせん兄たちと年齢差があるため、「面倒だから」と追いやられ、泣きべそをかくこともしばしばあったようだ。