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野村克也が仕掛けた「インハイの幻影」。
イチローを封じた配球の真髄 (4ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Kyodo News

 一方のイチローはこう言っていた。

「古田さんが、僕の身体の動きを見て攻めているなとは思っていました。たとえば1球目、外角のいいところに決まったとしますよね。そうすると当然、意識がそっちへ残ります。そこで生まれる僕の身体の動き、何ミリという世界の動きをしっかり見極めて、僕の狙いを予測して、インコースへズバッと......この球にはまったく手が出ませんでした」

 古田の目が、覆い隠そうとしているバッターの欲望を嗅ぎ取ろうと、キョロキョロと動く。イチローの右足の爪先に、ほんの少しだけ、体重がかかる。古田はその動きを見逃さない。意識は外だ、サインは内角のストレート。

 すると、イチローのバットはピクリとも動かない。今度は、意識がインハイに移る。ミートしたときにしっかり両腕を伸ばせるよう、イチローがややカカトよりに体重を乗せる。古田はその動きを見逃さず、アウトコース高めのボールゾーンへ速い球を要求する。

 イチローが「内角じゃない、外角だ、しかも高めだ」とバットを出す。しかし体重がカカトに乗っている体勢からでは、アウトハイ、ボール気味の速いストレートにバットが届かない。結果、空振り三振――あの日本シリーズでイチローのバットを封じたのは、監督の野村克也の緻密な戦略と、卓越した観察能力を持ったキャッチャーの古田敦也の戦術だった。野村と古田は二人三脚で"インハイの幻影"を仕掛けてイチローを崩し、見事、ヤクルトを日本一に導いたのである。

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