2019.08.28

平石洋介がPLの同級生に告げられた
21年目の真実。「救われた」

  • 田口元義●文 text by Taguchi Genki
  • photo by Jiji Photo

連載第5回 新リーダー論~青年監督が目指す究極の組織

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 1998年8月20日、夏の甲子園準々決勝第1試合。この日の甲子園は早朝だというのに、グラウンドに立つとすぐに汗が体中から噴き出した。試合開始8時30分時点での気温は27.7度。だが、三塁コーチャーズボックスに立つPL学園・平石洋介の頭は冷静だった。

「あっ、やっぱりわかる」

 事前に確認していたとおり、横浜の捕手・小山良男(元中日)の構えはパターン化されていた。

今年1月、PL学園のチームメイトから衝撃の真実を告げられた楽天・平石監督 小山がどっしり腰を落とすように構えたら、松坂大輔(中日)はストレートを投げる。腰を浮かしながら体のバランスを取って構えたら変化球——1回の攻撃で平石は確信した。

 当時のドキュメンタリー番組で「平石が横浜バッテリーの球種を読み、かけ声でそれを打者に伝えていた」との解釈がなされていたが、それは誤りだ。

 番組では「いけ! いけ!」がストレート。「狙え! 狙え!」が変化球と紹介されていたが、このかけ声自体がPL学園の伝統で、この試合に限らず用いられていた。今でこそこうしたサインの伝達はスパイ行為とみなされ禁止されているが、当時はそうしたルールはなかった。そして平石のかけ声だが、実際の正解はこうだ。

「いけ! いけ!」は外角で、「狙え! 狙え!」は内角である。

 この意図を、当時コーチだった清水孝悦(たかよし)が解説する。

「外角ならバッターは『変化球もあるかも……』って頭に入れる。内角は高校生の場合、ほとんどの確率で真っすぐしかきません。せやから、それ1本に絞れるわけです。そこに小山のクセがはまったんです」

 だが、平石は小山のクセを見抜きながらも、選手たちには告げていない。清水が前日にスタメンの選手一人ひとりに狙い球を明確に指示していたからだ。この手のインタビューで「僕の手柄ではない」と否定し続けている平石が念を押す。

「何回も言っていることですけど、松坂が潰れないなら、キャッチャーの小山をかく乱させようと思って声を出していただけで……。清水さんから指示されている選手もいたし、ミーティングで話し合ったこともあったんでね。選手が打ってくれたので、ああやってクローズアップされましたけど、実際は違うんですよ」