2019.05.01

あわや野球人生の終焉から奇跡の復活。
アルバース先生は今日も投げる

  • ブラッド・レフトン●文 text by Brad Lefton
  • photo by Kyodo News

 4月16日、オリックス先発のアンドリュー・アルバースが、昨年6月26日の西武戦以来となる294日ぶりの白星を挙げ、お立ち台に「3年B組アルバース先生」と書かれたTシャツを着て登場した。これは人気ドラマ『3年B組金八先生』をもじったものだが、このTシャツを着たのには意味がある。

 じつはアルバースは教員の資格を持っており、2010年から2017年までオフになると母国カナダのサスカチュワン州で臨時教員のアルバイトをしていた。フランス語と数学を教えながらバスケットボール部でコーチもしていた。

昨シーズン、来日1年目ながら9勝をマークしたアルバース 驚くことに、北米の野球界ではドラフト下位指名の選手の多くは、マイナーで激しい競争をしながらオフになると別の仕事をしなければ生活が苦しくなるというのだ。ちなみに、アルバースは2008年のドラフトでサンディエゴ・パドレスから10巡目(全体315位)指名されている。

「上位でドラフトされない選手にとって、オフの仕事は不可欠です。私もそのひとりでした臨時教員の資格を取ったのは生活のためです。マイナーの月給は2400ドル(約25万円)ですが、シーズン期間中(半年分)しかもらえません。あとの期間は他の仕事で稼がないといけないんです。

 多くの選手は工事現場や野球教室をして稼いでいます。私が、臨時教員の仕事に就けたことは本当に恵まれていました。母校であるジョン・ポール・セカンド高校には本当に感謝しています。生活のために始めた仕事ですが、とてもやりがいがありました

 メジャー予備軍の3Aですら「チームメイトの約半数がアルバイトをしていたのでは……」とアルバースは推測する。あと一歩でメジャーに昇格できる選手でも、オフになるとウーバーの運転手をしていたという。

「ウーバーの運転手をしていた選手は何人もいました。短期間しか仕事ができないので、ちょうどいい仕事なんです」

 2010年、アルバースは独立リーグのケベックでプレーしたあと、サスカチェワン州に帰って初めて臨時教員の仕事をしたが、野球を忘れることはなかった。高校の体育館に軽量の建築用コンクリートブロックを置いて、壁当てのようにボールを投げては跳ね返った球を捕球し、また投げる……。それを何度も繰り返した。