「空振りばかりの子豚ちゃん」山川穂高が、西武の4番に変身するまで (2ページ目)

  • 中島大輔●取材・文 text by Nakajima Daisuke
  • 西田泰輔●撮影 photo by Nishida Taisuke

「一軍では、アウトコースも打たなあかん、インコースも打たなあかん、追い込まれて三振したらあかんと、バタバタしているようなところがありました。ファームにおったらホンマにどっしりして、自分の形で振りにいけるところが、上ではみんな打ちにいくような仕草になる。あんな姿、二軍では見せないのに」

 観客が数百人の二軍では自分の力をのびのび発揮できても、相手の実力やネームバリューが格段に上がり、大観衆の視線を浴びる一軍では持てる力を出せなくなる若手選手が数多くいる。

 山川もそんなひとりだったが、数段階のステップでこの壁を乗り越えた。まずは大卒3年目の2016年後半、一軍の消化試合で実戦経験を重ね、「雰囲気に慣れた」。

 ふたつ目のステップは、2017年シーズン前半に訪れる。一軍の開幕メンバーに名を連ねたものの、時折巡ってきた出場機会を活かせず打率1割台と苦しみ、5月1日、登録抹消された。

「二軍に行くと、どうしても落ち込みます。(次に)いつ一軍に呼ばれるかわからないですし、気持ちの持ち方がすごく難しい。高卒1~2年目の選手のように、ただガムシャラにやればいいのとは違うので」

 自分は二軍の主砲から、どうすれば一軍の戦力になれるか――。そこで思い至ったのが、気持ちの持ちようと、切り替えだった。

「僕みたいに一軍で生き残っていこうとする人には、1日1日が勝負。毎日結果を出さないといけないのは、二軍でも一緒だなと。だからチャンスで回ってきたときにただ打つのではなく、一軍だったらこの球はこう打つだろうなと想定するようになりました」

 そうして打席での集中力、状況判断力に磨きをかけたことが、技術力の向上に結びついていく。

 山川の最大にして、周囲より秀でる能力は、強く振れることだ。ただしそれは、フルスイングで本塁打になれば「持ち前のパワー」と称賛される一方、低めの変化球に崩されると「大雑把」と批判される。そのギャップを埋めるために、打撃練習では普段の試合以上に思い切り振るようにした。

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