2017.08.14

2000本安打の偉業の陰で、
阿部慎之助はライバルのエースも育てた

  • 島村誠也●文 text by Shimamura Seiya
  • photo by Kyodo News

 巨人阿部慎之助が8月13日の広島戦(マツダスタジアム)でプロ野球史上49人目となる通算2000本安打を達成した。巨人の生え抜きでは川上哲治、長嶋茂雄、王貞治、柴田勲に次ぐ5人目の偉業だった。

 中央大から巨人に入団した阿部は、ルーキーイヤーの2001年3月30日、阪神との開幕戦(東京ドーム)に「8番・捕手」で先発出場を果たし、星野伸之からプロ初打席・初安打・初打点という鮮烈デビューを飾った。その後は、長らく巨人の主軸として、また正捕手としてチームの黄金期を支えた。

8月13日の広島戦で史上49人目となる2000本安打を達成した巨人・阿部慎之助 阿部の2000本安打達成についての取材を考えたとき、真っ先に思い浮かんだのがヤクルトの石川雅規だった。

 年齢は阿部が1歳上だが、ともに東都大学リーグ出身(石川は青山学院大)で、2000年のシドニー五輪でもチームメイトとして世界と戦い、プロ入り後はセ・リーグのライバルとしてしのぎを削ってきた。なにより、現役のなかで阿部との対戦がいちばん多い投手が、石川なのである。

 早速、石川に話を聞くと、こちらの予想以上に阿部への強い思い入れがあった。

「今まで多くの偉大な先輩がいましたけど、年齢が近くて、ずっと第一線でやられ、対戦が多いのが阿部さんですから、やはり特別な存在です。大学も同じ東都で、僕が2年のときに阿部さんもいる大学日本代表に選ばれ、すごく面倒をみてもらいました。あの強肩と長打力は、当時からずば抜けていましたし、単純に憧れの先輩ですよね。プロに入ってからもすぐに試合に出て、ましてや巨人のクリーンアップをずっと任されている。僕は『阿部さんを抑えたら、プロの世界で生き残れるんじゃないか……』という思いで、なんとか抑えようとやってきました」