ラミレス監督が語る今季「5月3日がターニングポイントだった」 (2ページ目)

  • 村瀬秀信●文 text by Murase Hidenobu
  • 小池義弘●写真 photo by Koike Yoshihiro寺崎敦●協力 cooperation by Terasaki Atsushi

―― 4月はどん底で、5月の頭には一時、セ・リーグの借金をすべてDeNAベイスターズが背負ってしまうなど、いきなり苦しい戦いが続きました。

ラミ 一番苦しかった時期は、やはり4月後半から5月の頭。底となったのは3日の東京ヤクルト戦でしょうね。山中(浩史)投手に完封負けを喫して9勝20敗になった時はさすがにシンドイナァ......となりました。ただ、この低迷は選手に責任があるものではないことはわかっていました。何が一番の原因か。私は監督というものは誰よりも選手のことを知っていなければならないと思うのですが、選手を試合に起用しても思うようなパフォーマンスを示してくれないということは、私がポテンシャルに応じた正しい使い方をしていないんじゃないか......? そう疑うようになったのです。

―― 選手の特性を生かした起用ができていなかったと?

ラミ そうですね。例をあげれば開幕3戦目の広島戦。先発の石田(健大)が6回を2安打に抑えていましたが、『ここから継投に移っていいだろう』と決断すると、その試合は結局リリーフ陣が崩れて逆転負けを喫しました。これも石田とリリーフのポテンシャルなり、持ち味なりを理解していれば『石田続投』という正しい答えが導けます。5月1日の阪神戦での山口もそうでした。5点リードの7回無死満塁になった時点で継投に入って逆転負けするのですが、この時の山口も120球近く投げて私は限界だと感じ、交代を告げました。しかし、後日、山口と話してみると『僕は150球ぐらいまでは大丈夫ですよ』という。そういう選手個々のアビリティを私が事前に知っていれば、いくつかの試合も違った結果になっていたのではないか......と思います。

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