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武田翔太「やる気のないフォーム」が生んだ150キロと魔球 (2ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • 益田佑一●写真 photo by Masuda Yuichi

 たとえ欠陥があるとわかっていても、結果が出ているがゆえに変えることができない選手は多い。しかし武田は、高校3年時にはしなやかな腕の振りになり、ドラフト1位指名されるにふさわしい投手になっていた。

 おそらく多くの野球ファンが知っているのは、「ドラフト1位候補の武田翔太」になってからの姿だろう。しかし、高校1年時のピッチングを見た者からすると、「なぜ、武田は変わることができたのか?」という疑問がつきまとっていた。率直に武田本人に問うと、サラリとこう言われた。

「すぐ変えちゃうタイプなんで。変化を恐れたら終わりだと思っています」

 変化を恐れたら終わり――本来ならばアスリートらしい、重みのある言葉に聞こえるはずなのに、武田の口調には独特な「軽さ」があった。

 武田が変身していく過程の中で、ふたつの大きなトピックスがあった。ひとつは高校2年時にヤフードーム(現・ヤフオクドーム)で見た、ソフトバンク・杉内俊哉(現・巨人)のピッチングだ。これは、武田にとっては「初めての野球観戦だった」という。

「うわ、なんであんなに軽く投げているのに、こんなに速いんだろう......」

 もともとプレーすることは好きだったが、野球を見ることには興味がなかった。せっかく宮崎に住んでいても、プロ野球のキャンプを見学することすらなかったという。今も「やる」ことのほうが好きなのは変わらないが、人のプレーを見て学ぶことができるようになったそうだ。

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