2015.09.11

阪神タイガースの「9月失速説」は本当か、思い込みか?

  • 島村誠也●文 text by Shimamura Seiya
  • photo by Kyodo News

9月特集 優勝か? 失速か? 阪神タイガースの秋(2)

 2003年、阪神タイガースは18年ぶりのリーグ優勝。「カーネルサンダースの呪い」から解放され、長く続いた「阪神暗黒時代」に終わりを告げたのだった。1年おいて再びリーグ優勝を果たし、「黄金時代の到来や」と思われたのが2005年。それから10年の歳月が流れ、今、再び阪神に不吉な伝統がささやかれつつある。

「9月、10月に失速する阪神」「秋の大一番に弱い阪神」がそれだ。

 阪神の失速は、本当に「秋の風物詩」なのか。今年で創設80周年となるチームの歴史を眺めてみたのだった。

1973年10月22日、優勝した巨人ベンチに なだれ込み、王貞治を襲う阪神ファン

1973年(金田正泰監督) 阪神はマジック1が点灯するも、最後の2試合(中日、巨人)に連敗。優勝を逃す。特に10月22日の、勝ったチームが優勝という巨人との最終戦(甲子園球場・観衆48000人)に0-9の大敗。あまりの不甲斐なさに怒り狂ったファン1500人がグランドへなだれ込む後味の悪い試合となるのだった。

1992年(中村勝広監督) 2年連続最下位のチームに、亀山努と新庄剛志が新鮮な空気を吹き込んだ。だが、チームは9月を9勝8敗1分けとして首位で終えるも、10月を3勝6敗と最後に息切れ。優勝したヤクルトから2ゲーム差の2位でシーズン終了。


 実は、2000年以前の「秋の失速」はこのくらいしかない。その理由は「暗黒時代」が長く続いたことで、「秋になる前から失速していた」ケースが多かったためと思われる。暗黒時代を抜け出し、2000年代中盤に入ると、最初は「秋に強い阪神」なのだった。