元捕手・中谷仁が語る。藤川球児「直球勝負の原点」 (2ページ目)
それに球児の凄さはピッチングだけじゃないんです。打てば、左打席から左中間にホームランを放ちますし、内野を守らせれば華麗なフィールディングを披露する。何をするにしてもセンスの良さを感じる選手でした。
ただ、バントは右打席しかできないとか、カーブ以外の変化球をマスターできないとか、不器用な一面もありました。だからこそ球児は、ストレートで勝負できる投手になったのだと思います。もし、いろんな球種を投げることができていたら、ストレート1本で勝負する姿を見ることはなかったでしょうね。
ブラジル遠征が終わり、この年の秋、私は阪神にドラフト1位で入団。そして翌年、今度は球児が阪神からドラフト1位指名を受けて入団しました。まさか、また一緒にできると思ってもいなかったので、驚きと同時にすごく嬉しい気持ちになりました。
球児のプロ1年目、ふたりともずっと二軍生活でした。特に球児は、野村克也監督(当時)から「もっと太れ」と言われるほど体の線が細く、なかなか試合に出られませんでした。試合に出るようになったのは3年目から。当時、球児は先発投手として期待されていて、リリーフとして投げることはありませんでした。
肝心のピッチングですが、5回までは完璧に抑えるのに、6回に突如崩れるということがよくありました。それにホームランをよく打たれるんです。だから、大体、3点ぐらい取られてしまう。球児に「1点で抑えておけば良かったのに」と言うと、「(中谷)仁さん、1点取られるのも、3点取られるのも一緒や」って開き直っていましたが、胸中は相当悔しかったと思います。
ホームランを打たれる原因は、ストレートがシュート回転してしまうからでした。状態のいい時は、きれいな真っすぐが来るのですが、球数が増えてくるとバランスが悪くなり、ヒジも下がってシュート回転してしまう。球児とバッテリーを組むことが多かった私は、当時二軍監督だった岡田彰布さんによく怒られました。どうやってホームランを防ごうか。せめて7~8回までどうやって持たせるか、そればかり考えていました。でも、決まって中盤以降に失点してしまう。
その解決策として考えたのが、強い体を作り、スタミナをつけることでした。そのためには、野村監督も言われていましたが、太ることを最優先に取り組みました。それから球児はプロテインを飲んだり、いつもの倍以上ごはんを食べたりしました。でも、太らなかった。結局、いくら食べても太らないので、さすがにあきらめたみたいです。
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