【プロ野球】ロッテ・角中勝也「四国ILのためにも、もっと打ち続けたい」 (3ページ目)
かくなか・かつや/1987年5月25日、石川県生まれ。日本航空第二高校から四国アイランドリーグの高知ファイティングドッグス進み、1年間プレイ。07年に大学・社会人ドラフト7巡目でロッテから指名を受けて入団。6年目の今シーズンは、開幕こそ二軍だったが、4月中旬からレギュラーに抜擢されるとヒットを量産し、交流戦では首位打者を獲得。また、独立リーグ出身の選手として初めてオールスターに選出された―― いちばん苦労したことは?
「例えば遠征の時は、当日移動して、試合をして、終わればそのまま帰ってくるという感じで、いま思えばよくやっていたなと思いますね。でも、当時はきついと思ったことはないですよ。それが当たり前と思っていましたから」
―― 寮とかはあったのですか。
「いえ、4人で共同生活をしていました。4人で住んだら家賃はチームが負担してくれるというので……。男4人で住むのは暑苦しいと思うかもしれませんが、ひとり部屋もちゃんと確保されていましたし、意外と快適でしたよ。それに給料も月12~13万円でしたが、食費以外はほとんど使わなかったし、牛丼やハンバーガーがほとんどだったので、十分やっていけました」
―― その時を思い出して、どんなシーンがいちばん記憶に残っていますか。
「毎晩、チームの仲間たちと公園で素振りしていたことですね。これからどうなるのかと思いながら、練習していましたね」
―― もしプロからの指名がなければ、今どうされていたと思いますか。
「草野球でプレイしてるんじゃないですかね(笑)。やるだけやってダメだったら……という思いはいつもありました。でも、可能性がある限りは挑戦し続けたと思います」
―― 2006年のドラフトで四国ILから角中選手がロッテに7巡目で指名され、深沢(和帆)選手が巨人から5巡目で指名されました。当時、四国ILからプロ野球に育成枠以外で指名されたのは初めてでした。
「入団した頃は、自分のことに精一杯で、周りのことを考える余裕はなかったのですが、今は自分が活躍することによって、四国ILの見方も変わってくれたらいいなと。そのためにも『自分がやらなきゃ』という気持ちはあります。もっと打って、注目されたら嬉しいですね。僕がプロに入れたのも四国ILでプレイできたからですし、恩返しできることはしたいですね」
―― オールスターが終われば後半戦が始まります。チームの優勝はもちろんですが、首位打者の可能性もあります。
「成績に関して、唯一のこだわりが出塁率なんです。打率よりも出塁率を上げていきたい。個人的には出塁率4割を目指してやっています。それがチームのためにもなると思いますし、もっと出塁率を上げて優勝に貢献できたら最高ですね」
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