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【MLB】大谷翔平があらゆる人種・階層から愛される理由――バレンズエラが「孤立した多文化都市」ロサンゼルスに遺したDNA (2ページ目)

  • 奥田秀樹●取材・文 text by Okuda Hideki

【SNSを通してより広く伝わった大谷の魅力】

 それにしても、なぜロサンゼルスの人々は、言葉の壁があるにもかかわらず、これほどまでに大谷を応援するのだろうか。ヘルナンデス記者は、その理由をこう分析する。

「SNSの存在がすごく大きいと思います。彼はまだ英語が流暢ではないし、言葉でのコミュニケーションは限られている。でも、彼の表情は本当に豊かですよね。たとえば、ダグアウトでチームメイトをからかったり、打席で内角球に思わず顔をしかめたり――そういう瞬間がXやインスタグラムで何度も拡散されている。言葉で説明しなくても、感情がそのまま伝わってくる。ファンは彼の感情がわかると感じ、距離が近くなるのです」

 英語を話せなくても、誠実さやユーモア、そして純粋に野球を楽しむ姿が、自然と万人に届いている。

「彼は二刀流という特別な挑戦をしているうえに、プレー中の表情がいつも明るい。心から野球を楽しんでいるのが伝わる。コービー・ブライアントがレイカーズに入ってきたときもそうでした。彼はいつも笑顔で、バスケットを愛しているのがわかった。マジック・ジョンソンも同じタイプです。そういう楽しさが伝わる選手は、ファンの心をつかむのです」

 さて2026年にはサッカーのワールドカップ、2028年には五輪が開催されるロサンゼルスは世界を代表する大都市だ。しかしながらその裏側では深刻な社会問題を抱えている。

 ヘルナンデス記者は、ロサンゼルスの現状について説明する。

「家賃の高騰で、ホームレスの数がものすごく増えている。ミドルクラスの人たちも、"自分だって少し運が悪ければすぐに転落する"という危機感を持っている。実際、この40年間、中間層の賃金はほとんど上がっていない。仕事で成功しているように見える人でさえ、明日リストラされるかもと不安を抱えている。さらにAIの進化で、ミドルクラスの職そのものが消えるかもしれない。みんな、将来に希望を持ちにくくなっているのです」

 経済的な停滞、格差の拡大、そして孤立。ロサンゼルスでは多くの人々が現実の厳しさを突きつけられている。そんななかで、唯一の"光"がドジャースだとヘルナンデス記者は言う。

「今のロサンゼルスは全体的に暗いムード。そんななかで、ドジャースだけが人々を笑顔にしてくれる。だから、僕の書くコラムへの反応も、10年前、15年前とはまったく違うんです。以前は"チームの内幕を知りたい"という読者が多かった。でも今は、内幕を暴くような批判的な記事を書くと"そんなのは読みたくない"という反応が返ってきます」

 実際、数年前に読者から、あるメールが届いた。そこには「離婚していて、子どももいない。仕事もうまくいかず、唯一の楽しみが毎晩ドジャースの試合を見ることだった。でもあなたの記事を読んで、好きな選手が嫌な人間だと知って、楽しみがひとつ減った」と綴られていた。現実の厳しさを前に、人々が野球に希望を求めている。その希望の象徴が大谷だ。

「大谷はすごいですよ。まるで漫画の世界みたいに、信じられないことを実現してしまう。彼を見ていると、不可能なんてないんだと思えてくる。彼を見て力をもらう人が本当に多いんです」

 1981年のバレンズエラは、ドジャースという球団のDNAを作り替えた。今、大谷は、それを継承し、多文化共生社会ロサンゼルスに生きる人々に、再び"夢を見る力"を取り戻させている。

著者プロフィール

  • 奥田秀樹

    奥田秀樹 (おくだ・ひでき)

    1963年、三重県生まれ。関西学院大卒業後、雑誌編集者を経て、フォトジャーナリストとして1990年渡米。NFL、NBA、MLBなどアメリカのスポーツ現場の取材を続け、MLBの取材歴は26年目。幅広い現地野球関係者との人脈を活かした取材網を誇り活動を続けている。全米野球記者協会のメンバーとして20年目、同ロサンゼルス支部での長年の働きを評価され、歴史あるボブ・ハンター賞を受賞している。

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