【MLB】大谷翔平があらゆる人種・階層から愛される理由――バレンズエラが「孤立した多文化都市」ロサンゼルスに遺したDNA
今シーズンのドジャースはバレンズエラを追悼する「34」の喪章を左上腕につけて戦っている photo by Getty Images
後編:大谷翔平とバレンズエラ
1981年にドジャースで鮮烈なメジャーデビューを飾ったフェルナンド・バレンズエラは、多様な街・ロサンゼルスや分断していたラテン系コミュニティをひとつにする存在となり、その後のドジャースの国際化路線にも大きな影響を及ぼした。
10月22日に1周忌を迎えるバレンズエラは、いかに現在につながるドジャースのDNAを作り替えたのか。そして現在の大谷翔平はその系譜を受け継ぎながら、なぜ多種多様な人間から支持されるのか。「ロサンゼルス・タイムズ」紙のベテランコラムニスト、ディラン・ヘルナンデス記者の考察も踏まえて考えてみたい。
前編〉〉〉大谷翔平とバレンズエラ――多様性の街・LAを野球でひとつにした「希望の光」
【孤立した多文化都市になる背景】
『ロサンゼルス・タイムズ』紙のコラムニスト、ディラン・ヘルナンデス記者は、ロサンゼルス市とドジャーススタジアムの関係について、興味深い視点を示す。
「実況アナウンサーのビン・スカリーが言っていたんです。ドジャースとともにニューヨークからロサンゼルスに移ってきたとき、最初に感じたのは"この街には中心がない"ということだった、と。実際、ロサンゼルスは広大なエリアに人々が分散して暮らしている。そんななかで、ドジャーススタジアムが次第に"街の中心"のような場所になっていった、と。特にバレンズエラの活躍によって、あらゆる人種の人が安心して足を運べる場所になった」
その象徴が、今季も変わらぬ圧倒的な観客動員数だ。ドジャースタジアムは今シーズン、通算400万人動員を達成。2013年から実に12年連続で、メジャー30球団のなかで1位である。
「例えばミズーリ州のセントルイスに行くと、街にはアフリカ系やラテン系の人がたくさんいるのに、球場に来るのはほとんど白人ばかり。一方でドジャースタジアムは、多人種が自然に集まる場所です。誰でも来ていい、それがこの球団の成功の理由だと思います」
ドジャースはバレンズエラの成功以後、さらに国際化に対して積極的になった。1987年には、MLB球団として初めてドミニカ共和国にベースボールアカデミーを設立。さらに韓国にもスカウトを派遣、朴賛浩(パク・チャンホ)という才能を発掘した。チームを強くするだけでなく、野球を通じて世界とつながり、ビジネスとしても成功を収める。それがドジャースのDNAとなったのだ。
ロサンゼルスに暮らしたことのある人ならわかるだろうが、この街は、世界中から人々が集まっているにもかかわらず、必ずしも互いに混ざり合ってはいない。ヘルナンデス記者は続けて、こう説明する。
「ニューヨークでは多くの人が地下鉄で通勤します。自然と人種も階層も混ざり合う環境がある。でもロサンゼルスは車社会。みんな自分の車で移動するから、人と関わる機会が圧倒的に少ない。しかも、それには歴史的な理由があるんです。実は、ロサンゼルスではかつて自動車会社が鉄道を買い取って、誰も電車に乗れないようにしてしまったんです」
それがいわゆる「レッドカー陰謀事件」と呼ばれる出来事である。1930年代から1950年代にかけて、ロサンゼルスでは「パシフィック電鉄」という赤い車体の路面電車(レッドカー)が街中を縦横に走っていた。全盛期には路線網が1000マイル(約1600キロ)を超え、全米最大の電車ネットワークを誇った。しかし戦後、この電車網は急速に姿を消していく。
衰退の裏には、自動車業界と石油業界の思惑があった。ゼネラルモーターズ(GM)、ファイアストン・タイヤ、シェブロンなどの大企業が「ナショナル・シティ・ラインズ」という会社を通じて各地の電鉄会社を買収し、路面電車を廃止してバスへと置き換えた。その結果、街の交通手段は完全に自動車中心となり、人々の生活空間は分断された。
この「車社会」が、ロサンゼルスをほかの都市とは異なる、孤立した多文化都市にした。多様な民族が共存していながらも、日常生活で交わる機会は少ない。それがこの街の現実であり、同時に、そんな分断を越えて人々の心をひとつにしているのが、今の大谷なのである。
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著者プロフィール
奥田秀樹 (おくだ・ひでき)
1963年、三重県生まれ。関西学院大卒業後、雑誌編集者を経て、フォトジャーナリストとして1990年渡米。NFL、NBA、MLBなどアメリカのスポーツ現場の取材を続け、MLBの取材歴は26年目。幅広い現地野球関係者との人脈を活かした取材網を誇り活動を続けている。全米野球記者協会のメンバーとして20年目、同ロサンゼルス支部での長年の働きを評価され、歴史あるボブ・ハンター賞を受賞している。

