イチローは現役時代と変わらぬ姿。キャンプ地の「遊び」で見た打の原型 (2ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Taguchi Yukihito

 ちょっと待てよ。

 あの姿は、選手そのものだ。ピオリアの街だけではない。引退したはずなのに、イチローだって何も変わっていないじゃないか。

「そりゃ、そうでしょう」

 イチローはそう言って、笑った。

 その点での彼のこだわりは生半可なものではなかった。何しろ、いざというときには選手に見本を見せなければならないからと言って、スプリングトレーニングのために日本からアメリカへ発つ直前、現役時代と同じように神戸の球場で自分のためのトレーニングを積んできているのである。

同じインストラクターとしてスプリングトレーニングに参加しているかつてのチームメイト、今はお腹の出たマイク・キャメロンに「バッピ(バッティングピッチャー)で投げないの」とイチローが訊くと、キャメロンは「投げないよ、だってこの大事な時期にオレのばらついたボールを打たせるなんて申し訳ないだろ」と言う。しかしイチローはバッピをしても、テンポよく、質のいいボールを平然と投げ続けている。そしてバッター一人ひとりが抱える課題を把握し、選手から何かを訊かれた時に備えている。

 バッピが終われば、イチローは外野へ走って球拾いをする。選手たちは練習をひと通り終えると、ファンがサインをもらえるかもしれない場所へ向かって一斉に走る。しかし、彼らのお目当ては選手ではない。子どもから大人まで、みんなイチローを待っている。そしてイチローはいつもの場所に立ち止まって、待っていた人すべてにサインをした。こんなにファンに囲まれるインストラクターがかつていただろうかと、不思議な気持ちになる。

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