2072分の42。イチロー流、ケガをしないための「極意」 (3ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Getty Images

 何本かのノックを打った後、突然、ノッカーがイチローの前方、やや左側にフワッとした打球を上げた。

 予想もしない位置への打球に、イチローが体を急旋回させる。

 その時だった。

 スパイクではなくアップシューズを履いていたイチローが、濡れていた芝に足を滑らせた。ヒザにダメージを受けたか、太ももの内側を伸ばしたか、いずれにしても足を痛めたのではないかというような滑らせ方だった。

 しかし、イチローはケロッとしている。

 我慢しているのかとも思ったが、そうでもなさそうだ。実際、本人も何のことだという顔をして、大丈夫だと笑っていた。

 あんなアクシデントが起こっても、イチローはケガをしない。

 思い当たったのは、そのアクシデントの、ほんの15分前のイチローだ。

 ヤンキースの選手たちが、試合前の練習を行なうためにダグアウトから出てくる。イチローも軽快な足取りで三塁側のファウルグラウンドに駆け出すと、すぐさま芝の上に座り込む。

 イチローのストレッチが始まる。ゴロンと寝転がって、毎日、同じメニューのストレッチを繰り返す。そのストレッチが、あまりにも美しくて、改めて驚かされた。

 まず、想像を超える柔軟性。

 そして、ひとつひとつの動きの正確さ。

 さらに、あり得ないほどの左右対称。

 他の選手と比較してみれば、よくわかる。たとえばロビンソン・カノやマリアーノ・リベラは、それなりに丁寧なストレッチをしている。それでもしゃべりながらだったり、右をやって左をやらない、といったこともある。みんなが移動すれば、そのタイミングで彼らも一緒に移動する。しかしイチローだけは、他の選手が周りにいなくなってもストレッチを続ける。自分の決めたメニューが終わるまで、周りに流されることなく、最後までストレッチを続ける。そこに妥協はない。だからケガをしそうなアクシデントがあっても、体が十分、動いてくれるし、ケガを防いでくれるのだ。

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