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【夏の甲子園2026】小6時に神宮を騒然とさせた"驚弾"から5年 仙台育英・小久保颯弥が吐露した「スーパー小学生」の呪縛 (2ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Takahiro Kikuchi

 5年前も今も、小久保の打順は1番である。ただし、野球ファンのなかには「驚異的な本塁打を打った小学生」と、今の小久保の姿が重ならなかった人もいたかもしれない。

 だが、小久保にとって5年前の驚弾は、「呪縛」でしかなかった。

 神宮球場左翼席中段に放った一打について振り返ってもらうと、小久保は苦笑を浮かべながらこう答えた。

「小6の時に打ったホームランは、偶然なんで。感触とか全部忘れて、中学ではホームランを意識せずにプレーしました。本当に偶然なんで」

 小久保は何度も「偶然」と強調した。それは自分自身に言い聞かせているようでもあった。

【中1の時、ちょっと調子に乗っていました】

 愛知名港ボーイズに進んだ小久保は、中学3年時に侍ジャパンU−15代表に選出。コロンビアで開催されたU−15ワールドカップで日本の初優勝を経験した。高校は環境が整っていることを理由に、仙台育英へと進学している。

 誰もがうらやむようなエリート街道に見えるかもしれない。しかし、小久保は人知れずもがいていた。小久保が高校に入学した当時、仙台育英の須江航監督がこんなことを漏らしていた。

「彼は小学生の時に打ったあの一発で注目されてしまいましたけど、本来はホームランバッターではないんです。でも、世間はあのホームランを求めてしまう。本人はそのギャップに苦しんでいるようです」

 小久保自身も、神宮球場で特大本塁打を打ったことで「いいことも悪いこともありました」と振り返る。

「満塁とかチャンスになると、ホームランを期待される空気を感じて。そのなかでも力まずに、自分の持ち味である低くて強い打球を打てるかを考えてきました。あくまでヒットの延長に長打がある意識を大事にしてきました」

 周囲からおだてられ、知らぬ間に鼻がニョキニョキと伸びていた時期もあったという。小久保は「中1の時に、ちょっと調子に乗っていました」と告白する。過去の幻影が頭にちらつき、本塁打ばかりを狙って打席に入っていた。そんな時、小久保をたしなめてくれる人物がいた。

「名港ボーイズの奥村(尚)監督が、いつも『ちゃんと練習しろよ』とサポートしてくれて。そのまま勘違いすることなく、自分の一番の武器を生かせるようになりました」

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