【夏の甲子園2026】15年ぶりの現場復帰 62歳の元校長はなぜ100日あまりで市立福山を初の甲子園へ導けたのか (4ページ目)
小田監督が広島商の選手として夏の甲子園で準優勝してから、44年の歳月が流れた。
「"広商野球"という言葉に、いろいろなイメージを持つ人がいると思います。私は広島商で、基本の大切さを学びました。技術的な部分はもちろん、試合や練習に取り組む姿勢もそうです。そうした"広商野球"のDNAが、自分のなかにはあると思っています」
厳しい練習と規律で知られた広島商。その伝統のなかで育った小田は、現代の高校生に何を求めるのか。
「自分で決めたことに責任を持つことです。ただ、『失敗したら責任をとれ』という意味ではありません。結果に向き合い、それを受け入れて、次に向けて改善する。普段の練習で言えば、同じミスを繰り返さないということです。自分の行動に責任を持つ。それが、私が生徒たちに求める厳しさです」
広島商で学んだ基本と厳しさ、校長として培った広い視野。そして、15年の空白があったからこそ見えるようになったもの。そのすべてを携えて、小田は再び高校野球の現場に立っている。62歳の指揮官は、市立福山の選手たちと、新しい道を歩み始めた。
著者プロフィール
元永知宏 (もとなが・ともひろ)
1968年、愛媛県生まれ。 立教大学野球部4年時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。 大学卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て、フリーランスに。著書に『荒木大輔のいた1980年の甲子園』(集英社)、『補欠の力 広陵OBはなぜ卒業後に成長するのか?』(ぴあ)、『近鉄魂とはなんだったのか? 最後の選手会長・礒部公一と探る』(集英社)など多数。2018年から愛媛新聞社が発行する愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(エッジ)の創刊編集長
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