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【夏の甲子園2026】15年ぶりの現場復帰 62歳の元校長はなぜ100日あまりで市立福山を初の甲子園へ導けたのか (3ページ目)

  • 元永知宏●文 text by Tomohiro Motonaga

 40代だった頃と62歳になった今とでは、選手との関わり方が変わるのは当然だろう。ただ、小田の場合、15年間にわたって野球の現場を離れていたことが、むしろ吉と出た。

「生徒がミスをした時の対応など、局面ごとの指導もそうですけど、毎日、きちんと根拠を示しながら説明するようにしています。もともと生徒たちには"考える素養"がありました。模範解答でなくてもいいので、『自分でしっかり考えたうえで、自分なりの最適解を出せるように』と言ってきました」

 しかし、「自分の頭で考えろ」と言われても、自ら考え、答えを導き出すことは簡単ではない。

「何が自分にとっての最適解なのかを考えることは、本当に大事だと思います。たとえば、福山と天理では選手の地力が違うので、当然、最適解も変わってきますよね。だから、自分なりの答えを見つけて、それを具体的かつシンプルな形に落とし込む。その作業を繰り返してきました」

 校長を経験したことで、視野が大きく広がったと小田監督は言う。

「世の中も変化していますし、私自身、校長を経験したことで物事の見方も変わりました。私は"ポータブルスキル"と言っているんですけど、野球で身につけた思考力や実行力は、野球を離れても持ち運べる力だと思っています。受験勉強でも生かせるし、大学でも役に立つでしょう。将来、就職活動をする時にも生きてくる。だから、『しっかり考えて、自分の力で行動していきなさい』と言ってきました」

【今も流れる"広商野球"のDNA】

 また、小田が最後に高校野球の監督を務めていた15年前と比べて、私学の優勢が目立つ。戦力面で劣ることの多い公立校が対抗するために、どう立ち向かえばいいのか。

「昔からそうなんですけど、私は私立だから、公立だからとは考えません。全国に3000以上の野球部があるなら、3000通り以上のやり方があると思っています。山の登り方はひとつだけじゃない。この夏の経験をベースにして、福山なりの新しい道をつくっていきたいと思います」

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