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【高校野球】涙を流したエース、勝てなかった名門、監督の後悔......創部100年・関大北陽が復活への扉を開くまで (2ページ目)

  • 谷上史郎●文 text by Shiro Tanigami

 ライト後方からセンター方向へ高く張られた防球ネット。その向こうを並行して走る高架には、新幹線が駆け抜ける。夏の訪れを感じさせる声がグラウンドに響く。チームを預かって12年。辻本には、ようやく見えてきたものがあった。

「監督1年目からしつこく練習をして、2年目の夏には大阪桐蔭にも勝てました。でも、それが続かなかった。前監督からは『もっと選手を見たれ』と言われていたんですが、その頃は『見てるのに』と思っていたんです。でもあとになって振り返ると、自分が選手の頃は『なんで監督はこんなに俺らのことがわかるんや』と思うことが何度もあった。それだけ見てくれていたんですよね。結局、僕は自分のやりたい野球ができるかどうかしか見ていなかった。だから選手も、僕の顔色を見て『言われたとおりにやらないと』となってしまっていた。そのことに気づいたんです」

【指導者としてのターニングポイントはコロナ禍】

 どうすればいいのか......。模索を続けるなか、転機となったのが2020年のコロナ禍だった。

「甲子園という目標がなくなり、最初は練習もできない。子どもたちは高校野球をやってきた証さえ残せない状況でした。そんな中、独自大会を開いていただけることになり、3年生中心で臨んだんです。すると発見がありました。『えっ、満足に練習もできていないのに、なんでこんなに野球がうまいんや』『なんでこんなにイキイキした顔でプレーしてるんや』って」

 指導者としてのターニングポイントは、チームにとっても大きな転機となった。すべてが一気に変わったわけではない。それでもコロナ禍明けの2021年夏には、勝田成(現・広島)が攻守の中心となったチームが、準決勝で大阪桐蔭とタイブレークにもつれる大熱戦を演じた(10対12で敗戦)。

「あの年は僕が学年主任で、練習も選手たちに任せざるを得ない部分がありました。でも、『やれ、やれ』と指示するのではなく、主体的に考えさせ、任せるところは任せた。すると、彼らのプレーや取り組みを見て、『方向性は間違っていないな』と思えたんです」

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