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司法試験合格の東大野球部・スタンリー翔唯が振り返る子どもの頃「野球も勉強も夢中だった」「小6が一番勉強した」 (2ページ目)

  • 門脇 正法●取材・文 text by Masanori Kadowaki

【両親はやりたいことをさせてくれた】

ーーでは、さかのぼって話を聞いていきたいと思います。スタンリー選手と野球との出会いはいつでしょうか?

 保育園の頃です。父とのキャッチボールが野球との最初の出会いだったと思います。父は小学生の時に野球をやっていて、父方の祖父も、母方の祖父も野球好き。保育園では新聞紙でボールやバットを作って、みんなと一緒に野球をしていました。

ーー子どもの頃のスタンリー選手に対する両親の教育方針は?

 特別な教育をされたというのはありません。ただ、僕がやりたいようにやらせてくれました。ひとりっ子だったので、基本的に僕がしたいと言ったら、「覚悟あるならいいよ」という感じで、自由にさせてくれました。

ーー自由にさせてもらっていたことを一番実感したのは、どんな時ですか?

 保育園の年長の時ですね。(2009年)WBC決勝の日本vs韓国戦で、イチロー選手の決勝タイムリーヒットを見てから、本気でメジャーリーガーになりたいと思うようになって。それで両親に相談したところ、「それじゃあ英語ができないといけないね」と、小学校からインターナショナルスクールに通わせてもらいました。

 当時、両親がどんなふうに考えていたかはわかりませんが、父がアメリカ人というのもあるので、僕がやりたいことを総合的に考えてくれて、通わせてくれたんだと思います。

ーーインターナショナルスクールの1年生から、野球も本格的にスタート?

 そうですね。保育園の目の前に地元の小学校があって、そこのグラウンドで「光が丘コメッツ」という少年野球チームが練習していたのを知っていたので、同じ保育園の同級生5人くらいでそのチームに入りました。

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