【高校野球】「打たないといけない」重圧、「準備ができない」戸惑い... 初導入のDH制で直面した想定外の難しさ (2ページ目)
そう語る岩見だが、マウンドを渡辺に譲ると、DHを解除して7番・ライトのポジションに入った。
そして延長10回裏、一死二、三塁の場面でこの試合初めて打席に立った岩見だったが、空振りの三振に倒れてサヨナラのチャンスを逃した。
「初めての打席だったので緊張していました。ストライクの球を振れなかった」
投手としてマウンドに上がっていても、打席での緊張感はまた異なるようだ。いずれにしても、岩見にとってもこれまでにないシチュエーションでのプレーだったことで、普段どおりとはいかなかったようだ。
【ピッチングに集中できる】
採用されたばかりのDH制のメリットを生かしたのが、神戸国際大付でリリーフとしてマウンドに上がった豊岡速伍(そうご)だ。
先発した秋田依吹のあと、8回途中からリリーフに立ち、2連続三振でピンチをしのいだ。11回裏にサヨナラ負けを喫したものの、力強いストレートを投げ込んでいった。
九州国際大付の楠城祐介監督は、豊岡のピッチングをこう評価した。
「豊岡くんの球は『ここまでいいか』と思うぐらいすばらしかった。気持ちが本当に強く出ていたので、『この球を打ち返せるか』という感じで見ていました」
その豊岡はこう語った。
「タイブレークになってから、相手がバントで来ると思っていたので、ベンチ前でのキャッチボールの時には、キャッチャーをサードに見立ててバント処理をイメージしていました」
神戸国際大付は最後までDH制を解除しなかったため、豊岡は打席に入ることなく自分のピッチングだけを考えることができたという。これまでのルールであれば、投手が打席に立つ必要もあるし、好投していても代打を送らざるをえないケースもある。そこが大きな違いだ。
とはいえ、まだどのチームもDH制の最適解を探している状況だろう。いずれにしても、これまでとはひと味違った戦いが繰り広げられるのは間違いない。
著者プロフィール
元永知宏 (もとなが・ともひろ)
1968年、愛媛県生まれ。 立教大学野球部4年時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。 大学卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て、フリーランスに。著書に『荒木大輔のいた1980年の甲子園』(集英社)、『補欠の力 広陵OBはなぜ卒業後に成長するのか?』(ぴあ)、『近鉄魂とはなんだったのか? 最後の選手会長・礒部公一と探る』(集英社)など多数。2018年から愛媛新聞社が発行する愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(エッジ)の創刊編集長
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