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【高校野球】「遅刻はよくあること」「僕たちは史上最弱」だった神村学園を、九州屈指の強豪に変えた小田監督の原点と信念 (2ページ目)

  • 沢井史●文 text by Fumi Sawai

 1年目の年明けとなる1月からは、中等部を強化するという学校の方針もあり、中等部のコーチに就任。2年間コーチとして指導したあと、6年間は中等部の監督を務めた。その後2013年、31歳の時に高等部の監督に就任した。

 ただ、当時はこんな葛藤もあった。

「高校野球の監督になると、どうしてもグラウンド優先の生活となり、家族と過ごす時間が限られてしまうでしょう。当時は子どももまだ小さかったので、正直なところ、もう少し中等部で指導しながら経験を積んでから、(高等部の)監督をまかせてもらえたら......という思いはありました。でも、学校の方針でもありますし、いずれは高校野球の監督をやりたいという思いもありました。このチャンスを逃したら、もう二度とないかもしれないとも考え、引き受けさせていただきました」

 ちょうど新チームがスタートした頃だった。グラウンドに顔を出すと、当時の選手たちから「僕たちは史上最弱と言われているんです」と声をかけられたという。だがその時、小田監督はこう返した。

「僕はまだチームのことを何も知らないし、見てもいないので、本当に史上最弱なのかはわからない。とりあえずチームを見させてほしいと伝えました。それから1週間ほど、黙って練習を見させてもらったんです」

 会話などで選手たちとコミュニケーションも重ね、選手個々の情報も徐々に把握していった。そしてある時に「練習試合はどことしたいの?」と小田は選手に尋ねた。

「そうしたら、九州国際大付さんとしたいって言っていたんですね。それで知り合いを通じて、練習試合をさせてもらえることになったんです」

 神村学園のある鹿児島県いちき串木野市から九州国際大付のある北九州市まで、車で4時間以上を要する。そのため、試合前日に寮を午前3時半に出発することを選手たちに伝えた。

 ところが、バスが出発したのは3時45分だった。3時半出発と伝えていたにもかかわらず、選手たちの行動の遅さは目に余るものがあった。そこで、時間をきちんと意識しているのかと選手に尋ねると、一部から「こういうことはよくあるので......」という言葉が返ってきた。

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