夏の甲子園優勝エースはなぜ大学へ進んだのか 青学大・中西聖輝が「正解にした」4年間と智辯和歌山・中谷仁監督の進路観 (2ページ目)
【高卒1位入団に突きつけられた現実】
中谷監督自身も1997年のドラフトで阪神から1位指名を受け、高卒でプロ入りした経験を持つ。しかし、入団直後は周囲のスピードについていけず、苦労の連続だったという。
「僕自身、入団してみると、できないことや知らないことがあまりにも多く、大学や社会人出身の選手とかなりの差を感じました。たとえば二軍でも、バントシフトやけん制などで、横文字の名称が当たり前のように飛び交う。まるで英語の授業を受けているようでした(笑)。野球なのに、これまで聞いたことのない用語だらけのなかで練習するんです。
そもそも(高卒の)19歳と、(大卒の)23歳、(社会人の)25歳を比べれば、レベルの差が大きいのは当然です。ただ、プロの世界では、そうした事情を考慮してもらえるわけではありません。『プロで必ず成功してやる』という強い思いを持った人間だけが最後に勝ち残る世界です。よほどのスーパープレーヤーでない限り、高卒でいきなり通用するのは難しいですよね」
それに加えて、中谷監督は阪神のドラフト1位ということで、周囲からの期待がとにかく大きかった。甲子園で優勝という肩書もあって、1月の入寮時から常に注目の的だった。
「たしかに、あの頃はプレッシャーがものすごく大きかったですね。高卒選手に寄り添ってくれる育成コーチや先輩がいれば心強いのですが、そうした環境が整っているチームは当時、多くありませんでした。そもそも先輩選手も、自分の人生がかかっていますから、みんな自分のことで必死です。だからこそ、最後は自分で乗り越えなければならないんです」
【大学の4年間で身につくプロで生きる思考】
その点で言えば、大学生は「任される時間」が生活の大半を占めるなかで、4年間かけて時間の使い方を身につけていく。その過程では自由な時間も多く、どうバランスを保つのか、どこまで自分に負荷をかけるのかを見極めながら成長していく。そうした選手ほど、結果を残していく傾向にある。
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