サラリーマンとクラブづくりの二刀流で挑む野球への恩返し 鈴木兄弟が生んだグラブブランド『YK BROTHERS』の現在地
鈴木裕司・健介「YK BROTHERS」の挑戦(後編)
そのグラブには兄弟の出身地である埼玉県の県鳥シラコバトをモチーフにしたロゴが踊る。兄の鈴木裕司さん、弟の健介さんの名前の頭文字を取ったグラブメーカー「YK BROTHERS(ワイケーブラザーズ)」は、2024年2月の立ち上げからまもなく2年を迎える。兄は大手酒類メーカー、そして弟は大手広告代理店に務めながら、「野球に恩返しがしたい」を合い言葉に、本業との二刀流をこなしてきた。
2024年2月にグラブメーカー「YK BROTHERS」を立ち上げた鈴木裕司さん(写真左)と弟の健介さん 写真は本人提供この記事に関連する写真を見る
【自分たちにしかできないこと】
裕司さんは慶應義塾高(神奈川)、そして健介さんは早稲田実業高(西東京)でともに春夏2度の甲子園出場。おのおの慶應義塾大、早稲田大に進学し、東京六大学リーグで活躍したあと、競技生活から身を引き、サラリーマンの道を選んだ。社歴を重ねるにつれ仕事も覚え、それなりの成果を出してきた。
しかし、どこか物足りなさも残った。社会人として10年ほどの月日が流れようとしていた頃。街の中華屋で互いに酒を酌み交わしながら、将来について激論を交わした。裕司さんが振り返る。
「仕事も部署が変わり、やれることがどんどん増えてきて、それなりに活躍できるようになった時でした。ふと、自分たちじゃないとできない仕事って何だろうという話になったんです。どうやったら自分たちしかできないやり方で世の中に貢献できるかな、といったことを、酔っ払いながらも本気で話し合いました」
健介さんも、兄と同じ思いだった。仕事に不満はない。ただ、自分だからこそできることで社会に貢献したいという気持ちが頭の片隅にあった。
「自分たちのブランドであれば右にも左にも行くことができます。小さくても何かをゼロからやってみるということが本業にも生きてくるだろうと思っていました」
何度も話し合いを重ね、結論として生まれたのが、「自分たちを育ててくれた野球に恩返しをしたい」ということ。そこでふたりは、副業で野球ブランドを立ち上げる決断を下した。ブランドの信念は「BE A THINKER.」。学生時代に考えながらプレーしてきたからこそ、次世代の野球人にも「考える力を養い、武器にしてほしい」という願いが込められている。
「それぞれ違うキャリアを歩んできた兄弟だからこそ、『野球人のイメージを変える』という、未来の野球人に貢献する活動ができるんじゃないかと考えました」(裕司さん)
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著者プロフィール
内田勝治 (うちだ・かつはる)
1979年9月10日、福岡県生まれ。東筑高校で96年夏の甲子園出場。立教大学では00年秋の東京六大学野球リーグ打撃ランク3位。スポーツニッポン新聞社でプロ野球担当記者(横浜、西武など)や整理記者を務めたのち独立。株式会社ウィンヒットを設立し、執筆業やスポーツウェブサイト運営、スポーツビジネス全般を行なう













