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【夏の甲子園2025】新潟・中越のドラフト候補が「投げ方」を忘れた日 一度は引退を決意も、諦めずに辿り着いた甲子園のマウンド (3ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro

 2年秋までの石山の最高球速は143キロ。この日の石山は、自己最速の148キロを計測する。

 ただ球速が上がっただけではない。フォームを再構築したおかげで体重移動がスムーズになり、上から叩く腕の振りに変えたことでボールに角度がつくようになった。

 6イニングを投げ、被安打2、奪三振10、与四球0、失点0の快投。石山はチームを決勝進出に導いた。

「フォームがわからなくなった時は地獄でしたけど、あの時間があったから今の自分がいるのかなと。自分が進化するために、神様に試練を与えてもらったのかなと思います」

 新潟産大付との決勝では先発するも、「雰囲気にのまれて、力んでしまった」と、2アウトしか取れずに2失点で交代。それでも、仲間たちが奮起して、逆転。甲子園出場をつかんだ。

 前述のとおり甲子園では初戦敗退に終わったものの、石山からすれば信じられない出来事だった。

「2、3カ月前の自分では、考えられないような場所でした。点は取られてしまいましたけど、ストレートが通用したのは収穫でした。思い切り投げられましたし、しっかりと投げられたことに驚いています。指導者の方々、周りの3年生に助けてもらったおかげです」

【プロ野球に「何が何でも食らいつく」】

 卒業後の進路について聞くと、石山は「プロ志望届を提出したい」と希望を口にした。育成ドラフトでの指名でも、プロに進みたいと熱望する。

「どんなに低い順位でも、行かせていただく形を取りたいです。何が何でも食らいついて、上のレベルで活躍し続けるピッチャーになります。いずれはプロを代表するピッチャーになりたいです」

 今年は有望な高校生がプロ志望届を提出せず、進学・就職の道を選ぶケースが目立っている。そんな潮流のなか、どうしてもプロを目指すのか。そう尋ねると、石山は目を輝かせてこう答えた。

「逆にラッキーだなと思っています。いい選手が行かないということは、枠が増えるので。むしろありがたいです」

 地獄から這い上がってきた男は、たくましい。今の石山なら、弱肉強食の世界でも生き延びていくのではないか。石山の目には、そう思わせるだけの生命力が宿っていた。

著者プロフィール

  • 菊地高弘

    菊地高弘 (きくち・たかひろ)

    1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。

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