【大学野球】実戦型の秀才、早稲田大・伊藤樹が「殻を破る」ために選んだ投球スタイル (2ページ目)
実戦型の秀才──。それが伊藤という投手の表向きの顔だった。秀光中等教育学校(宮城)では、軟式球で最速144キロを計測。「ピッチトンネル」という概念が一般的ではなかった当時、ストレートの軌道から小さく落ちるスプリットを武器に完成度の高い投球を展開していた。
本来であれば、伊藤は「スーパー中学生」と華々しいスポットライトを浴びても不思議ではなかった。だが、当時の中学軟式球界には最速150キロを計測してしまう、森木大智(現・阪神)という大器がいた。ほかにも関戸康介(現・日本体育大)など、伊藤よりもスピードがある投手が存在した。伊藤は「自分で自分の価値を押さえつけてしまったところがあったのかもしれません」と振り返る。
「僕は物わかりのいいタイプなんです(笑)。同じグラウンドに立っていると、彼らのすごさがわかってしまう。こういう人たちが、ロマン型になるんだろうなって。だから自分は違う道を歩んでいきたいと、中学生の段階で思っていました」
伊藤の言う「違う道」とは、「勝てる投手」という実戦型の王道である。実際に試合後の記者会見で、伊藤は「勝てる投手になりたい」という思いを頻繁に語ってきた。
【殻を破ろうと試行錯誤の日々】
だが、これまで伊藤を見てきたなかで、「殻を破ろう」ともがき苦しむ時期があったように思えてならなかった。まるで優等生が興味本位でヤンチャに手を染めるような。そんな印象を本人に伝えると、伊藤は観念したように「おっしゃるとおりです」と認めた。
「自分のなかで勝手に抱いてしまったものを、どこかで崩していかないといけないと思ったんです」
高校2年の夏など、まさにそんな時期だった。2020年8月15日に甲子園球場で実施された甲子園交流試合・倉敷商(岡山)戦。2番手でリリーフ登板した伊藤は、全23球中21球をストレートで押しまくった。ボールがいくら暴れようとお構いなしに、力強く腕を振る。5年前の心境を伊藤はこう明かす。
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