大学野球の強豪・専修大のキャプテンは指定校推薦入学 肉体強化に成功して春からは社会人野球入り (2ページ目)

  • 元永知宏●文 text by Motonaga Tomohiro

 肉体が変わることで気持ちにも変化が生まれた。

「プレー自体も変わりますけど、精神面の影響が大きい。体を大きくするために必要なのは継続力じゃないですか。僕の場合、苦手なことに取り組んで、それを続けて成果が出たことで気持ちの部分が変わりました。『野球選手に筋トレは必要ない。余計な筋肉をつけても......』と言う人がいるかもしれないけど、僕はやるべきだと思います。それが野球をするうえでのベースになる。やらないという選択肢はありません」

 気がつけば、小柴の体重は高校の時よりも10キロも増えていた。その成果がバッティングにも表われた。

「3年の春はバッティングでいい成績を残せなかったから、その夏に思い切って変えてみようと考えました。『どうせ指定校で入ってきた選手だし、ダメでもともとだろう』と。それまでの常識を全部取っ払って、自分で『これかな?』と、キャンプでやってみたらバチッとはまりました。『これなら勝負できる!』とやっと思えました」

【大学卒業後は社会人でプレー】

 エース・西舘昂汰(ヤクルト)たちの4年生が抜けたあと、小柴はキャプテンに選ばれた。

「高校生と違って大学生は大人なので、キャプテンだということだけで認められることはありません。だから、レギュラーとして成績を残さなければいけないと思いました。それがプレッシャーになりました」

 それでも小柴はプレッシャーを力に変え、4年生の春のリーグ戦でヒットを量産し、首位打者を獲得した。

「ホームランバッターなら、調子が悪い日があっても別の試合で取り返せばいいかもしれませんが、僕はそうじゃない。どの試合でも結果を残さないといけない。バッティングも守備も走塁も、すべての平均点を上げないといけないタイプです。監督に求められることを常にできるようにしておかないと」

 そして迎えた最後のシーズン。駒澤大、東洋大などから勝ち点4を挙げながらも2位。勝率の差で東洋大に優勝を許してしまった。

「東都というリーグは実力が伯仲しているので、優勝を狙う戦い方、下に落ちない戦い方の両方を考えないといけない。ひとつ勝ち点を落とすと、一気に厳しくなりますから。2部で優勝して入替戦に出たかったのですが、2位に終わってしまいました」

 小柴は来年から社会人野球にステージを移す。15年ぶりに活動を再開する日産自動車で野球を続けることが内定している。

「大学に入った時、社会人で野球ができるとは少しも考えませんでした。ベンチに入ることができればいい、試合に出ることができればいい、と思ったくらいで。それが大学で成績を残したことで、社会人野球でプレーするチャンスをもらえました。休部していたチームが復活して、ゼロからのスタートになります。挑戦するのが好きなので、本当に楽しみにしています」

 指定校推薦で強豪大学野球部に入り、「コイツ誰だよ?」と思われた小柄な内野手がキャプテンに選ばれ、首位打者まで獲得した4年間。彼の頑張りは日本中の球児の励みになるはずだ。

著者プロフィール

  • 元永知宏

    元永知宏 (もとなが・ともひろ)

    1968年、愛媛県生まれ。 立教大学野球部4年時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。 大学卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て、フリーランスに。著書に『荒木大輔のいた1980年の甲子園』(集英社)、『補欠の力 広陵OBはなぜ卒業後に成長するのか?』(ぴあ)、『近鉄魂とはなんだったのか? 最後の選手会長・礒部公一と探る』(集英社)など多数。2018年から愛媛新聞社が発行する愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(エッジ)の創刊編集長

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