【2025年の人気記事】江川卓、孤立無援のルーキーイヤー 「相手9人とこっちの8人の17人と戦っていましたから」
江川卓「空白の一日」の代償(後編)
2カ月間の一軍公式戦出場自粛という処分を受け、二軍に配置された江川は、読売ランドの奥まった一角にある多摩川合宿所に入った。孤立無援のように思われがちだが、東京六大学リーグ時代に対戦経験がある一学年下の鹿取義隆とは顔見知りで、気軽に話せる存在だった。
鹿取が振り返る。
「合宿所で江川さんと話をしていると、あとで先輩たちが『江川ってどんな奴なんだ?』って興味本位で聞いてきたことはありましたね」
腫れものに触るような扱いをしていた巨人の選手たちだったが、その一方で江川の本性を見極めたいという思いも強く抱いていた。
一軍デビューとなった阪神戦で5失点と打ち込まれた江川卓 photo by Kyodo News
【キャッチボール相手がいない孤独】
そんななか、江川は二軍で登板を重ねていった。
4月17日(ロッテ)/投球回3/球数66/被安打8/奪三振1/失点5/自責点4
4月23日(日本ハム)/投球回7/球数94/被安打4/奪三振3/失点1/自責点1
5月1日(西武)/投球回9/球数126/被安打5/奪三振5/失点2/自責点2
5月10日(日本ハム)/投球回10/球数117/被安打8/奪三振4/失点1/自責点1
5月18日(日本ハム)/投球回9/球数121/被安打9/奪三振10/失点4/自責点4
5月24日(ヤクルト)/投球回9/球数134/被安打3/奪三振12/失点1/自責点1
1年間のアメリカ留学によるブランクに加え、春季キャンプ不参加の影響もあり、初登板ではロッテの4番・落合博満に2打数2安打を浴びるなど、3回5失点でKOされてしまった。しかし、その後の登板では本調子とは言えないまでも、数字だけを見ればそれなりの結果を残している。
5月10日の日本ハム戦の登板からしばらく経った時だ。ブルペンで投げ終わった江川に、ある先輩投手が近づき、皮肉めいてこう語った。
「卓、真っすぐ、変化球ともにキレてるな。これだったら二軍で通用するぞ」
2カ月の自粛期間が明ける6月1日には、一軍に登録されることが既定路線だった。そのため、二軍にいる選手にとっては面白くない話である。そんな空気は、練習中にもたびたび顔をのぞかせていた。
令和に蘇る怪物・江川卓の真実。
光と影に彩られた軌跡をたどる評伝が刊行!!
『怪物 江川卓伝』 (著・松永多佳倫)
2025年11月26日(水)発売
作新学院高校時代から「怪物」と称され、法政大学での活躍、そして世紀のドラフト騒動「空白の一日」を経て巨人入り。つねに野球界の話題の中心にいて、短くも濃密なキャリアを送った江川卓。その圧倒的なピッチングは、彼自身だけでなく、共に戦った仲間や対峙したライバルたちの人生までも変えていった。昭和から令和へと受け継がれる"江川神話"の実像に迫る!

内容
はじめに
第一章 高校・大学・アメリカ留学編 1971〜1978年
伝説のはじまり/遠い聖地/怪物覚醒/甲子園デビュー/魂のエース・佃正樹の生涯/不協和音/最強の控え投手/江川からホームランを打った男/雨中の死闘/江川に勝った男/神宮デビュー/理不尽なしごき/黄金時代到来/有終の美/空白の一日
第二章 プロ野球編 1979〜1987年
証言者:新浦壽夫/髙代延博/掛布雅之/遠藤一彦/豊田誠佑/広岡達朗/中尾孝義/小早川毅彦/中畑清/西本聖/江夏豊
おわりに
著者プロフィール
松永多佳倫 (まつなが・たかりん)
1968 年生まれ、岐阜県大垣市出身。出版社勤務を経て 2009 年 8 月より沖縄在住。著書に『沖縄を変えた男 栽弘義−高校野球に捧げた生涯』(集英社文庫)をはじめ、『確執と信念』(扶桑社)、『善と悪 江夏豊のラストメッセージ』(ダ・ヴィンチBOOKS)など著作多数。

