龍谷大平安のアルプスから奏でられる魔曲「あやしいボレロ」の発案者は、なんとあのレジェンド左腕だった (3ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Sankei Visual

 エースの要望を受け、「考えてみる」と持ち帰ったイトウくんがしばらくして、「聴いてみて」と差し出した曲をウォークマンのイヤホンにつなぎ再生したところしびれた。「どう?」と感想を求めるイトウくんに、「めっちゃええ、これはええわ」と、一瞬にしてほれ込んだ。これが『あやしいボレロ』の原曲だった。

 一般的にアルプスで奏でられる曲は、過去のヒット曲やアップテンポでノリのいいものが多い。しかし、川口の耳に響いてきたのは、ゆったりと重低音を効かせた勇壮なメロディ。川口の頭のなかに甲子園で勝ち上がるイメージが一気に広がった。

「映画『ジョーズ』の音楽みたいなイメージもありましたけど、その曲をアルプスでやったらただの真似。でも、そうじゃなくてオリジナルにこだわってできたのがこの曲。野球部で最初に聴いたのが僕で、イトウくんに『これやったら、後々、ほかに真似される曲になるな』って言ったのを覚えています」

 今から10年ほど前、この曲づくりに深く関わった当時の吹奏楽部顧問の林(晃)先生に、甲子園のスタンドで話を聞いたことがあった。「生徒から『勢いをつける曲はどこにでもある。そうじゃなくて、相手を不安にさせるようなオリジナルな曲を』と要望されて考えたんです」と話してくれた。その要望を伝えたのがイトウくんで、発案者が川口だったというわけだ。

 当時はまだ正式なタイトルはなく、好機に合わせて演奏する『チャンステーマ』。やがて『あやしい曲』になり、いつからか『あやしいボレロ』と呼ばれるようになり、ファンの間にも"魔曲"として浸透していった。

 この曲の甲子園デビューとなったのが97年のセンバツ。ここでベスト8となり、連続出場を果たした夏に準優勝。最後は智辯和歌山に敗れたが、"平安復活"とともに『あやしいボレロ』は定着していった。

「今でこそ"平安=あやしいボレロ"で、それを聴きに球場まで来てくれる人もいますけど、それもやっぱり強い平安があってこそ。この先も甲子園で聴き続けられるよう、結果にこだわっていきたいです」

 秘話の最後をそう締めた川口。それから6日後に行なわれたセンバツ初戦に勝利し、2戦目は3月28日の第4試合で優勝候補の一角・仙台育英と対戦する。『あやしいボレロ』は夕暮れ時の舞台がひときわ合う。伝説のエースが見守るなか、どんな戦いを繰り広げてくれるのか。勇壮なメロディに四半世紀の歴史を感じながら、じっくりと勝負を味わいたい。

『離島熱球スタジアム』 鹿児島県立大島高校の奇跡

 【タイトル】『離島熱球スタジアム』 鹿児島県立大島高校の奇跡
【著者名】菊地高弘
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プロフィール

  • 谷上史朗

    谷上史朗 (たにがみ・しろう)

    1969年生まれ、大阪府出身。高校時代を長崎で過ごした元球児。イベント会社勤務を経て30歳でライターに。『野球太郎』『ホームラン』(以上、廣済堂出版)などに寄稿。著書に『マー君と7つの白球物語』(ぱる出版)、『一徹 智辯和歌山 高嶋仁甲子園最多勝監督の葛藤と決断』(インプレス)。共著に『異能の球人』(日刊スポーツ出版社)ほか多数。

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